楽器に魂があるように、音楽を奏でる者にもまた老練の粋と精魂込めた息吹が宿る。ジャズ演奏者はション・コルトレーンの様に、インド哲学にその境地を見い出す者もあれば、演奏の中に生死の境のような空間を見い出す。それがブルースであれジャズであれ、アドリブというジャズの真骨頂を産み出す。その中でもマリアン・マクパートランドの奏でるピアノの音は、ジャズの中にあっても、全く他を邪魔しない、見事な下支えを演じている。魂の籠った芯を持ちながらその一音一音には我が全くない、聴きごこちの悪い演奏ばかり聴いていると、ビリーやマリアンのような、ジャズのもう一つの本物に時々出会いたく、ノスタルジーにかられる事がある。彼女の生き方は女性であり、そして中性的でもあったのかもしれない。晩年のインタビューで離婚した元旦那とドアを一つ隔てた向こうに軽く同棲の状態で暮らしていたという。自分にとって離婚は「うまくいかなかった」物であったらしい。芸術家として生きる者は、自らの生き方と自分自身の感受性に正直でかつそれそのものを芸術化する逞しさがあってこそ本物では無いかとおもってしまう。懐古主義では無いが、あえて希望を込めて言わせてもらえば、これほどまでに見事な女性ジャズピアニストは、今後誕生しないかもしれないとさえ思われてしまう。
現代の中でも、最近良いな~と感じた曲を紹介したい…。 『 海、そして空へ - ライラ・ビアリ』と『トレイシング・ライト - ライラ・ビアリ』である。