なばなの里から10日後母は激痛で再び入院した


オキシコンドン二錠とレスキューのオキノームを使っていましたが、それでも治らない痛みでオキシコンドンは倍量に、レスキューは1日の限界量まで飲むようになっていました

入院してしばらく簡易トイレを使えていたのですが

変な色の目やにが異常なほど出ていたので何度も眼科の先生に診てもらいたい、無理なら何の菌か検査だけでもお願いできないかと頼みましたがDPCの関係で他科にかかれないと言われました、、、何度も何度もこの目やにはおかしいと伝えやっと診察してくれたのですがMRSAの感染を三週間放置されて大きな潰瘍ができてしまっていました

そんな状態で、退院の話しが進み

緩和ケアに移らせてほしいと訴えましたが、少しでも食事ができているという理由で、断られナーシングホームを紹介された、見学にも行き手厚く見てくれると言われて施設も綺麗だったのでそこに決めました


家で過ごせるのはこれで最後になるかもしれないと

退院してから2日間、母を実家に連れて帰り一緒に過ごすことができました


その後施設に連れて行きましたが

肺に水が溜まり出し呼吸もかなり苦しい

症状は坂道を転がるように進んでいった


苦しい時は水が溜まってない右を上にして横になると楽になりますよ、と左横向きにしてくれたのですが、実際に水が溜まっていたのは右の肺でした


そんな苦しい中


かりめろはすごく頑張ってるね、病気もあって大変なのに1人で子供をしっかり育てて本当に偉いよ


と私に言葉をかけてくれました


お母さんはもっと頑張ってるよと私も伝えました


この2ヶ月半は土日毎週母のところへ行き、ちょうど私の診察の日も1日有給とってあったので顔を見に行きました。


モルヒネポンプを使うことになり、呼吸が苦しく激しい痛みを訴えて居たので、ナーシングホームの方にモルヒネ投与をお願いしたのですが20分経っても来ない

ナースの詰め所まで再びお願いをしにいって部屋に戻ると


ご飯を作らなきゃ


そう言って母はベットから降りようとしていた


ダメだよ、危ない。そう言って母をベットに戻したところにナースがやって来ました


今ベットから降りようとしていたんですが


と伝えたら、、、


そーなんですよー、おとといもベットから降りようとして落ちてぇ、おしっこの管自分で抜いちゃったんですよぉ〜(本当にこんな言い方)


は?どういうこと?落ちた?私たち家族には何の報告もありませんでした。

そして2日前にベットから落ちたにも関わらず、離床センサーなど何の対処もして居ませんでした

しかも私が言わなかったら黙っているつもりだったようです


治療はできないけど、痛みや苦しみだけは少しでも緩和してほしいとお願いしてありましたが、ナースコール押しても30分放置なんて当たり前

腕が濡れていて見ると点滴を失敗したところから水のような体液が出ている、黄色の水

それも何の処置もせずずっと放置されていて、ベットと布団に黄色いシミが大量に付いていました


ここで看取りもしてくれると言っていましたが、無理だと思いました

前にいた病院の緩和ケアに移りたいのでお願いしますと言うと確認しときますと


一週間経っても返事がないのでこちらからもう一度確認の連絡すると


私ども施設ではやることないのでご家族の方で手続きして来てくださいと


え?この一週間は何だった?


わたしは母が元いた病院に連絡しました。

今酸素もしていて、食事もできない、そして何より母が不安になっていると伝えると止めどなく涙が溢れてしまいました。

本来であれば、施設から緩和ケアに連絡をし施設の主治医が紹介状を送り手続きを進める、でも施設から病院への問い合わせは一度もなかったと


家族は緩和ケアに移る希望を伝えるだけでよかった


何故ベットから落ちたことを知らせなかったのか、体液がずっと出ていたのに放置されてたのか、緩和ケアの手続きが何故放置されてたのか不信感を施設に伝えると落ちた翌日が主治医の診察だったので。それが済んでから報告しようと思っていましたと

ご家族となるべく蟠りがないようにしたいと言われました


多分クチコミを書かれたら困るからでしょうね


怒りが込み上げできました


1日1日がどんなに大切な時間だったか

もちろん、高齢ですし人は誰しもいつか亡くなる事も理解はしています


あまりのずさんな対応に怒りと、そして母に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました


そこからは緩和ケアの方が素早く対応してくださり水曜日には緩和ケアに移ることができました


お母さん、病院に戻るからね!と伝えるとニコリと笑い頷きました


施設はダメだったんですが緩和ケアでは家族が泊まる事もできるし、入院した週の土曜日に家族部屋の予約を取りました

土曜日泊まりにくるね!

母の手を握るとしっかりと握り返してくれました、また来るからねと言うと


来てくれてありがとうね


母はそう言うとモルヒネが効いて来て眠りました


緩和ケアの主治医の先生と面談があり、あと2ヶ月くらいかと思います、痛みを和らげ穏やかに過ごせるよう診て行きますねとおっしゃってくださいました。


翌日夜ご飯を食べていたら兄から電話が入りました


8時の見回りの時はベットで寝ていたが、9時消灯の見回りでベットにおらず、ベットの下で亡くなっていたと


2ヶ月って言ってたよね?今週泊まるって言ったよ?予約もしたよ?


せん妄がある事、ベットから降りようとすることは緩和ケアにも伝えてありました、、、緩和ケアでは拘束もできないベットの柵を全ての面につけられないことは説明を受けていたのですが離床センサーはついていなかった、、、


一人で逝かせてしまった


間に合わなかった


長男に連絡しましたが電話に出ません


娘はレポートを先輩の家でやっていてマナーモードにしていて連絡がつかない


次男は私の錯乱を落ち着かせようとしてくれていたと思うのですが、私はずっと泣きじゃくり娘と長男に電話をかけ続けていました


いつ亡くなるかわからないから必ず連絡がつくようにしといてと言ったのに何故出ないのか

怒りの矛先は子供達に向けてしまいました


留守電に何回も伝言を入れて20分後にやっと娘から連絡が入りました


怒ったところで亡くなったことはどうする事もできないのに


娘が帰って来てすぐ病院に向かいました


ずっと泣きながら一人で逝かせてしまった、午後から病院に行けばよかった

あんな施設に入れなければよかった、、、後悔ばかりが巡る


病室の扉を開けると、眠っているような、今にも起きて来そうな安らかな表情の母が横たわっていました


苦しみに歪んだ表情だったらどうしよう、そんな思いをよそに優しい顔をしていました


痛みや苦しみから解放されたんだよね

リウマチで曲がってしまった手を握り、母の頬を撫でながらありがとうと伝えました


どうか、みなさんには大切な人と過ごせる時間があるなら特別なことはしなくてもいい、一緒にご飯を食べるとか何気ない時間を大切にして過ごしてほしいのです



わたしはお母さんの叶えたかったことを一つしかすることができなかった


そのことが悔やまれてならないのです


でもやっぱり、お母さんには感謝の気持ちしかありません


ありがとう、お母さん


ありがとうね!