何ヶ月か… ハッキリと覚えていないのですが  母は 無事に退院してくれて ほっと したのは束の間…  

お酒をやめられない母は 人に隠れて 呑むようになり あっと言う間に また 入院しないといけない状態となり 
1人で 過ごす日々は 繰り返されました…

私が 六年生になる頃 
母は 随分 状態が良くなったようで 入院する事が なくなり 家にいつも いてくれるように なりました!

とても オシャレな母で  私の服を作ってくれたり オシャレな服を着て おでかけしたり 
徐々に 回復しているように
その当時 子供だった 私の目には そう  映りました!

そして 一年が過ぎ 私も中学生に なりました!

しばらくは とても平和な日々を送る事ができ  やっと 笑顔が 戻ってきた! と 喜びに浸っていたのも 束の間…

今度は地下トンネル工事をしていた父が 事故に合ってしまい 脊髄を損傷し 
下半身不随 という 父だけでなく 家族全員の運命を 大きく変えてしまうような事態にみまわれてしまうのです

ずっと東京や埼玉で仕事をしていたので  そのまま
東京の病院で入院してしまった父…

3日間昏睡状態で死ぬか生きるかの瀬戸際の中

三途の川を渡り  とても心地がよくて 沢山の天使が 美しく飛んでいた

と  生還した父は 話してくれました…

その話を聞いたのは つい2年前の事ですが… (^◇^;)

父が近くの病院に転院してきたのは
中学校3年になる前でした…

東京駅まで 冬空の寒い中
母と迎えに 行ったのを 今でも 覚えています…

駅員さんと会社の方に
付き添われ車椅子姿でニコニコ笑う父…
その姿を見た母はショックのあまり 泣き崩れていきました…

内心私もかなり、ショックでした…
あんなに元気だった父が…元々痩せてましたが
更に痩せてしまい…全く歩けない状態で…
ましてや 車椅子なんて‼️
信じられない気持ちばかり増す中 
それでも父は毎日 笑顔で
「野球してたから体力だけは
自信がある‼️」と言って 一生懸命リハビリを
していたのを覚えてます。

そして 私は中学3年生になり  


ここからは母が崩れていく姿を目の当たりにしていくのです

私がもっと大人な心を持っていたらな…
母を助けてあげれたかもしれない…
大きな後悔を胸に、
生涯  忘れることのない日が訪れるのです…

私の人生の一番の悲しみ…

続きます…

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