ある日、信五のペンキ塗り仲間に、元銭湯などの絵を描く、絵描き職人の仲間が加わった。
 信五は興味津々で、絵描き職人の技を習いたいと申し出た。ふたつ返事でこころよく快諾してくれた元職人は、さっそく技を、信五に惜しみなく伝授した。
「ここは、こう、刷毛を立てて、すーっと横に引くんだよ」
「そうか、わかった。こうだな?」
「違う違う、もっとこうだ」
「ほう、なるほど!」
 信五の目は、輝く一方だ。みるみる腕が、あれよあれよという間に上達した。
「こりゃてえしたもんだ。素人にしとくのは、もったいねぇな」
と、元職人は信五を褒めたたえた。

 信五は自宅でちまちまと、キャンバスで練習するのには、飽き足らなくなっていた。
 内壁に絵を描きまくって、埋め尽くしてしまったあと、とうとう家の外壁にも、絵を描き始めた。
 それは、真夜中にペンキ塗りする、信五の姿の絵だった。
 あまりのリアルさな出来栄えに、信五の自宅の前を夜通り過ぎる何人もの通行人が、誰かがこんな夜更けに壁を塗っていると勘付いし、ひっくり返りそうになった。