和気あいあいと、仲間達と白昼堂々ペンキを塗っていた、そんなある日のことだった。後から、誰かに、声をかけられた。
「やあ、信さん」
 佐々木さんだった。
「おう、佐々木さんじゃねぇか。なんたるちーやさんたるちーや?どうした、またなんか用かい?」
「いやぁ、そんなんじゃなくて、たまたま買い物で通りがかっただけさ。しかしアンタ、ホント元気になったねぇ。一時はどうなるもんかと心配したもんさ。聞いたよ、アンタ表彰されたんだって。良かったじゃないか」
「おっ、おう。なんかこっ恥ずかしいな」
 信五は不意に佐々木さんに褒められて、照れながらいった。
「アンタさあ、そういえば、アタシがペンキ塗ってくれっていったの、アタシの意思だと思ってるんだろ?」
「へっ?アンタの意思に決まってるじゃねぇか。孫になんちゃらかんちゃらいってたしよ。そんなの、当たり前田のクラッカーだろ?なんだよ、そんな真面目臭った顔して。えっ、違うのかい?」
 信五は茶化しながらこたえたのだが、佐々木さんは、怖い顔をしている。
「ああ、違うね。アタシャ、真剣にいってるんだよ。ありゃ、洋子ちゃんに頼まれてたのさ。アタシャ正直、今さら壁が汚くたって、どうでもよかったね。洋子ちゃんが、アタシにいったんだ。旦那はアタシが先にしんだら、しょげて後を追うっていいかねないから、ペンキ塗りの用、頼んでやってくれって。アンタがペンキ塗りしてる時、ものすごい嬉しそうな顔してるからって。こんな歳になるまで、旦那のあんな笑顔、見たことないっていってたよ。アタシャ、死ぬなんて縁起でもないこと、口にするんじゃないよって、洋子ちゃんに怒ってやったよ。洋子ちゃんの方が十も若いんだから、順番でいったら、信さんが先だろうって。でも、そんなことアタシにいった次の日、洋子ちゃん、ポックリ死んじまったのさ。今にして思うと、洋子ちゃん、うすうす死期に勘付いてたんだろうねぇ。信さん、洋子ちゃんに感謝しな。こうして今、アンタがイキイキしていられるのは、きっと、洋子ちゃんのお導きなんだから」
 佐々木さんはそう、うっすらと涙を浮かべながらに、亡き妻洋子について、滔々と語った。信五は驚愕で、腰を抜かしそうになった。
「そうだったのかい・・・」
 驚きの真実を知り、妻への感謝の気持ちのあまり、年甲斐もなく、思わず涙がこぼれ落ちそうになった信五であった。