次の日、わたしは大きな鞄にパスポートを押し込んで、家を飛び出していた。
 母親はしばらくして異変に気づいたのか、娘の部屋の扉をかってに開けた。
 テーブルの上に置かれた、手紙に目をやった。
「なに、この置き手紙?どれどれ?
 “会社には休暇願を出しました。
 ごめんなさい。
 わたしはお父さんお母さんの期待には、
 添えそうにありません。
 しばらく家を空けます。
 探さないで下さい”
 だって。どうしちゃたのかしら、あの娘・・・」
 すでに家を飛び出してしまって、連絡のとれなくなっている娘に、対処のしようがなかった。
「なにか悩みがあったなら、
 相談してくれればよかったのに・・・」
 母親は、そうぽそりと、力なく呟いた。目線の先には、美しく飾られた、主人を失くしどことなく寂しげな百合の花が咲いていた。

 わたしは大きな鞄を抱えたまま、本屋に入った。旅行コーナーの前に立ち止まり、鞄を足元に、無造作に放おった。“世界旅行”と題された本を、手に取った。
 そして目を閉じ、深呼吸した。
 目を閉じたまま、本の適当なページを、感覚のおもむくままに開いた。
 それは中国の奥地の、キレイな民族衣装をまとった女性達が写っている、写真のページだった。
「よし、ここだ!」
 わたしはその足で、空港へと向かった。