ある日の夕食、いつものように並んで三人で食事をとっていた。
 こよりは、近頃はもうふたりの扱いにはこなれたもんで、食事時ふたりに挟まれていたたまれないので、ラジカセを持ち出し綾大路きよまろの漫談CDをかけるようになっていた。
「うはははっ」
 こよりが、大笑いをした。広いダイニング空間に、こよりのガサガサとした笑い声がこだましている。まるでこよりが、この家の主(あるじ)かのようだ。
「まだ、オチいってないだろ?
なんでここで、ウケんだよ」
「だって、“あれから40年”ってセリフ、何十回聞いても、超絶面白いんですもん。
やっぱきよまろ神ってるわぁ」
「ったく、変なヤツ」
とダイニングでは、三人の笑い声がこだましていた。
 しかしこよりは、そういえばなんだかさっきから、後ろからただならぬ強烈な熱い視線を感じていた。もしや霊でも立っているのだろうか・・・。恐る恐る、後ろを振りギョッとした。
 そこには自分にとっては霊の存在よりも怖い社長が、恐ろしい顔をして三人を睨みつけて立っている。当然である。ここは紛れもなく、社長の自宅のダイニングなのだからーーー。
 社長は現れないものだとすっかり油断しまくっていたこよりは、彼の存在に気づき"こりゃマズイ"といつになく慌てて瞬時に立ち上がった。
「はっ、社長!
お帰りになられてたんですね・・・。
おっしゃっていただければ、よかったですのに・・・。
あっ、このCDですか?
あの、これは違うんです。
サボってるとかそういうんじゃなくて、その・・・おふたりに挟まれてると、ちょっといたたまれないといいますか・・・」
 こよりは大慌てで、必死に弁明をした。
 社長は、相変わらず鬼の形相をしている。しかし、途端に表情をゆるめ、突然いった。
「なんてことだ。
信じられない!
啓一と和真が、こんなに近くで座っているなんて!
しかも、笑っているなんて!
私はマボロシでも見ているのか、それともとうとう、ボケてしまったのかと思ったよ。
最近ふたりがちゃんと学校に通いだしたって聞いて、君には本当に感心していたんだが、まさかこんなにも、君がふたりの距離を縮めてくれていたなんて。
夢みたいだ!
・・・・ありがとう、本当にありがとう」
 社長は感激のあまり涙をこぼしながら、こよりの両手をしかと包み込み、上下に激しく揺さぶった。
「・・・あの、社長、なにか誤解されているようですね・・・。
わたしは特に、なにもしておりませんが・・・」
 本当に大したことなどなにもしてなどいないのにと、ひとりで盛り上がっている社長に対し、こよりは申し訳なく感じた。
「いや、そんなことはない!
絶対に、君のおかげだ」
「はっ、はあ・・・」
 社長は、感動しきりといった様子だ。勝手にポジティブに受けとめてくれて、まったくもっておめでたいと、こよりは失礼なことを思ってしまうのだった。