翌朝、まだ陽も明けきらぬうちから

「ちょっと、起きて。

話し聞かせてもらうから」

と、警官の呼び声で起こされた。

「あっ、はっ、はい・・・」
 寝ぼけまなこをこじ開け
「よっこらせーのこーらせーっと」
と、覇気のない小声のかけ声で起き上がった。
“はーっ、ワシャいったい、どうなるんだろか・・・”
 ため息交じりで、恐怖におののいた。
「そこ、座って」
 警官はいった。
「はい」
 いわれれるがまま、おとなしく信五が腰かけた。明らかに信五の過ちであるのは明白なのだから、どうして抵抗などできようか。
 サスペンスドラマよろしく、卓上ライトは信五にこうこうと向けられている。寝起き直後には、ちょいと眩しすぎる。信五は、目を細めた。
「で、おじいさん、あそこであんな夜中に、なにしてたの?」
 警官は、さっさと厄介なひと仕事を済ませてしまおうと、無表情で質問をした。
「あれはですねぇ・・・えーっと、その・・・ワシャペンキ塗りが、唯一の趣味でしてね・・・そんでもって、その・・・落書きを消すのは、そこまで好きでもないんです・・・」
「ふーん・・・で?」
「いやぁ、ですから、はい、その・・・落書きを・・・夜な夜なペンキで塗り潰してたんですわ。
それでも飽き足らず、ボロくて汚い壁を、勝手に塗ってたんです。
いやね、ほんの出来心だったんでさあ。
悪気はねぇんです。
ちょっとその・・・女房亡くしたところで、頭が、イカれてたんですわ。
見てのとおり、ワシャこんな老いぼれです。
捕まえたところで、たいして長くは生きません。
今さらムショ行きなんて、体に堪えるですわ。
どうか、勘弁してくだせぇよ、お巡りさん。
心の底から反省してるんです。
このとおり!」
 両手をしっかりと合掌し、警官に深々と頭を下げながら、一縷の望みに賭けすがるように頼みこんだ。
「そういうことね。
事情はよくわかった。
ちょっと待ってて。
電話してくるから」
といい残し、警官は席を立ち上がった。
“あの兄ちゃん、ワシのこと、聞き入れてくれっかな・・・”
 不安でいたたまれない気持ちいっぱいで、警官が戻って来るのを待った。