安楽死をスイスで行った女性の特集テレビを見た。

 私にとっては、かなりショッキングな映像だった。涙が出た。悲しい。とても悲しいし、ショックだし、私は心が傷ついている。

亡くなる時の冷静で上品で穏やかな時間がさらに私を悲しく傷つけた。

女性はとても美しく知的で上品だった。英語も堪能なようだった。

幼い頃両親が離婚し、母親の交際相手から暴力をふるわれた。早く家を出たかった。海外などでも仕事をした。(この辺の活躍のことはテレビでやってたが詳しくは覚えてない。)パーキンソン病を煩い、フランス人の婚約者から婚約を破棄された。私は、これも悲しかった。大変なことになったら、見捨てたパートナー。 これも私から見たら絶望的な出来事だ。 また、女性はパーキンソン病の痛みが嫌だと言った。

亡くなる時、スイスの美しい川辺を取材班に紹介していた。

若い時の恋人との思い出の特別な場所だという。夏になると、水に足を浸せると 、その透きとおった綺麗な河を案内した。亡くなったら、この河に散骨をするのだと。

安楽死の時は、元婚約者も側に寄りそうとの約束をしていたそうだが、その約束は直前で破られた。私はこの元婚約者のフランス人を憎いと思う。そんな生半可な気持ちなら、はじめから相手に期待させるような約束などするなと怒りを覚えた。死ぬ直前まで裏切られたのだ。

彼女の人生は裏切りの連続ではないだろうか。幼い頃は、自分を守ってくれるはずの母親は、その交際相手から守ってくれなかった。努力して英語を身につけ自立し、幸せを夢見た。しかし、運命の神様は非情にも不治の病のパーキンソン病を彼女に与えた。痛みが嫌だと彼女は言った。病と同時に婚約は破棄され恋人は去って行った。安楽死をする為にスイスへ行った。亡くなる時は立ち会うとの最後の約束も破られた。

私って用意周到なの。あんな家庭で育ったから用意周到な性格になったの。と言った。

不幸な環境でも、彼女なりに抗って努力してきたことがわかる言葉だ。だからこそ、彼女には幸せになってほしいと私は祈りにも似た気持ちを覚えた。

河を取材班に紹介する時に美しい河でしょ?と言った。

美しい河に感動できる心があるなら、 お願いだから自ら死を選ぶ選択などしないでほしい。

亡くなったら、その美しい河に感動できなくなるではないか。

悲しい女性の一生を見て、こんな不幸な物語は嫌だと思った。

こんな不幸な物語を少しでも減らす為に、私にできることはなんだろう?と無力な自分なりに考えている。