こんばんは。

 

コロナ禍で社会が混乱する中、様々な思いが巡り人生についてというか

 

生きることについて考えさせられる日々です。

 

以前にも書いた生きることに意味はない、という答えを書いてないままでした。

 

別に刹那的なことでもなく、悲観的なことでもなく、人間はただ生きているという意味です。

 

コロナが良い例になっていますが、感染経路とか分からなくて気をつけていても

 

実際は罹患することがほとんどです。そして大切な人を失うという現実にも直面する訳ですが、

 

これはもはや宿命としか言えないような気がします。

 

例えばですが、どこの国でどんな親でどんな兄弟でどんな環境なのかを

 

人は選んで生まれてくることは出来ません。

 

でも、どんな状況であれ置かれている環境の中で考え、工夫してより良く

 

人生を運んでいく、、運命は変えられるのではないかと思います。

 

雨が降っている、、でもそれを止めることは出来ません。

 

アンコントローラブルなことよりもコントローラブルなことにフォーカスする。

 

そして雨はいつまでも降り続かないので、いつかは止みます。

 

アンコントローラブルな時間を如何に過ごすかはその後に大きく影響するのではないでしょうか。

 

動物は生きていることの意味を考えません。

 

ただ、死ぬまでその時を必死に生きるだけです。

 

そして生きているものは皆、不快なことを極力避けて、


自分が心地良く快適に感じる環境を求めるものです。

 

しかし、人間は考えることが出来るので動物のようにはいきません。

 

考えられる動物であるが故の苦悩だと思います。

 

そんな人間に取ってはやはり自分が何の為に生きているのか、

 

この社会にどのような貢献をしているのかが明確に

 

自覚できていることの方が遥かに生きやすいのだと思います。

 

性分というのは生まれながら、中々変えられるものではありません。

 

前回の投稿で書いた先輩も私から見れば完成されているように感じていましたが、

 

先日、元同僚の先輩から聞いた話では自分の本当にやりたい事や夢に

 

ついて思い悩み道半ばでのことだったようです。

 

そう考えるとやはり家族がいる中で思いのままに

 

色んな事に挑戦できていることは感謝しかありません。

 

そして、後悔しない為にもここまでの経験を活かしてもう


一度再チャレンジするんだと心に決めています。

 

性分は変えられません、どんなに打ちのめされても、負け続けても挑戦を止めることだけは出来ません。

 

それは自分が自分で無くなる唯一のことだからです。

 

これからも周りにたくさん心配や迷惑を掛けることでしょう。

 

それが良いとは勿論思いませんが、出来ないことを人や環境、能力のせいにしたくありません。

 

何よりも夢や目標に向かって一歩を踏み出せることが一番の才覚です。

 

そして相応の覚悟を決めて前に進む為にひたすら努力を積み重ねていれば、

 

自然にそれを苦に思わず支えてくれる人が自然に集まるとも思っています。

 

今もたくさん応援してくれる人がいますが、もっともっと周りを

 

巻き込んで大きな夢に向かいたいと考えています。

 

40歳を過ぎてようやく人生の緊急事態宣言です!

まだ半分あると思うか、もう半分しかないと思うか、それにより結果は大きく変わるでしょうか?!


前者の方が心にゆとりが持てて良いそうですが、時間は常に有限であると自覚して


今日を必死に生きることを忘れてはいけないように思います。

 

太く短くをモットーに一日一生。。