家内にすい臓がんが見つかったのは2014年秋。東海大伊勢原病院で膵臓ほか胆管、胆嚢、十二指腸までを全摘する大きな手術だった。ガンの病巣となった臓器はすべて取り除くことができたのだが、オペの最中に肝臓につながる動脈に傷をつけたため動脈瘤ができてしまった。

 

 病院では血管についた傷(瘤)の場所を特定することができず退院したが、退院の翌日できた瘤から出血。症状が起きた場所が箱根だったため救急車での搬送では間に合わず、ドクターヘリでの搬送となった。東海伊勢原までの搬送時間は17分くらいだったが、病院のERに収容後4000ccに及ぶ吐血をした。おそらくは動脈瘤が破裂してしまったものと思われる。大学病院だったので緊急用血液があり一命をとりとめることができた。


 全身血液のほぼ全量を入れ替える結果となったため、それから退院までは2カ月半の加療となった。家内の容態が気になったので入院中は病室でずっと寝泊まりさせてもらい付き添うことにした。


 入院中は身体の専門書を読み漁り、臓器の知識を貪欲に仕込んだ。それは病院の治療が適切なものか?という素朴な疑問解消の手段だったと思う。おかげで家内の回復とともに、体の仕組みや容態変化の理由、院内感染の知識、治療過程の投薬内容、血圧や体温の基礎知識など若手医師たちと突っ込んだ会話ができるまでになっていた。


 そして退院。
 

 しかしひとたび大病をすると、かみさんの身体はガラス細工のように繊細になっていて、自宅に戻っても高熱を発することがしばしば起こり、その都度救急搬送されることがあったり、私自身が車で病院に運び救急外来の世話になることが多くなった。
 

 私たちは結婚が早かったので、すでに50年以上の時間を二人で過ごしている。サラリーマン時代、ランニング夢中だった時期、TVの仕事、海外での仕事、そしてランニング専門会社の起業など、起伏の激しい人生歩んできた果てのかみさんの疾病と医療トラブルは、少なからず大きな節目を生むことになった。


 仕事一辺倒から家事・看護が加わったことで、この5年間は息つく間もないくらいの毎日が続いている。
 

 家事も、他人は「もっと外部をうまく使ってやらないと倒れるよ」とは言われるが、主婦はなかなか他人を家に入れたがらないので、割り切って私が一切やるようにしている。すると家事は家事で工夫もやり方もいろいろあって、実は楽しんでやっている。ただ365日毎日3回食事の支度をはじめ、洗濯、掃除までやるとこれはこれで相当な負荷になる。

 

 介護も血糖値管理、薬の服用、着替え、入浴もあるから、もう大変で笑うしかない。しっかり主婦してる方はホントに大変!世の男性諸君は奥さんに感謝しないとダメですよ(笑)


 今日は私生活の一端を話してしまいましたが、読み流しておいてください。