1969年5月13日東大駒場キャンパスに作家三島由紀夫がいた。東大全学共闘会議(通称全共闘)との討論会がその目的だった。討論の主なテーマは日本と日本人の在り方や国や天皇への認識、といった内容だった。会場となった駒場キャンパス900号会議室には1000人を超える学生が集まっていた、勿論多数のメディアも。
当時は政治に対する学生たちからの批判や抗議活動は非常に活発で国会周辺では多くの学生たちによるデモが頻繁におこなわれていた。つまり為政者に対する異論や反論を展開する学生たちが数多くいた、ということである。なぜか?それは大学を卒業したのち身を投ずる社会や政治への不安や懐疑・矛盾といったものが学生たちの気持ちの中に渦巻いていたからに他ならない。それらの心根が若さという成長期と反応しあいエネルギー源となって時には議論を、時にはデモを、時には暴力を生み出していたのではないか?1960年代くらいまではそういった〝若者らしさ〟が横溢していたような気がする。以来60年、人間は利便性や効率を追い求め続けてきた。その結果コンピューターが開発されインターネットが現れSNSやツイッターなどの道具や考え方が世界中を席巻する時代へと変貌してしまった。これら利器の発達はものの考え方を変え価値観を変えていった。その結果人間が本来具備している五感や感性、心情といったものをどんどん隅に追いやることになり権威志向、覇権志向、利権欲、支配欲、論理優先・・・といった方向に偏ってゆくことになっている。つまり白か黒かのいずれかに染まることで居心地の良さをそこに求めるようになってしまったのである。本来は灰色が存在することで取れていた社会のバランスが二極化という偏った方向へと突き進んでいるのだ。その行き着くところは「破滅」なのではないか?と思わざるを得ない。社会の仕組み自体もどんどん無機化していたその社会を迎合せざるを得ない若者たちは社会に「順化」することに汲々として彼ら特有の「らしさ」はすっかり失せてしまっている。
1960年代を過ごしていた若者にはある種の「覇気」や将来に対する変革への願望が満ちていた。このような意識が新しい社会を生み出してゆく源泉になってゆくのだが・・・。現代みたいな無機で複雑な社会ではそのような精神性を育むことができず人間本来のあるべき姿に立ち戻ることは難しくなってゆくのだろう・・・。