癌で入院してしばらく。

父はみるみるやせ細っていきました。

食事も自分で取れなくなり、母が食べさせていました。

飲みこみやすいものは、何とか食べれますが、イモなどのパサパサは

全くダメでした。

私は、時間があるときには、病院に顔を出しました。

そして、出来るだけ息子たちも父に逢うようにしていました。

息子たちは、じじが大好きです。今もきっと大好きです。

そんな、じじの死を彼らには受け止めてもらわねばなりません。

あんな小さい体なのに・・・。あんな小さい胸なのに・・・。

じじが死ぬことを黙って、ごまかせる歳ではありません。

だから、自分の目で見て、息子たちにも覚悟を決めておいてほしかったのです。


1月中旬。一時意識不明の危篤状態となりました。

親戚中が、病院に集まり、みな泣いていました。

私は息子を連れて病院へ。病室へはまず、私一人で行きました。

すると、意識が戻っていて、呼びかけにも反応していました。

次に、息子たちを病室に連れていこうとすると、親戚からは、やめといたほうが・・・。

という声でした。でも、私は、連れて行かねば・・・。と思いと、

本人たちが、逢いたい。と言っている。

病室に連れて行き、孫にきづいた父は、笑った。

作り笑いだったかもしれないけど、笑った。

孫の力はすごい。


病室を出た。私は、息子たちにこういった。

じじにはもう逢えないかもしれないんだ。

いっぱい遊んでくれたな。じじは2人に逢うと少し元気になるんだよ。

でも、もう逢えなくなるんだ。ごめんな。


これ以上は、言えなかった。さすがに、涙が止まらなかった。