”前者後者” 飛ぶ族飛ばね族 | 心と身体の整え処みもえのはな

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みもえのはな〈三百枝花〉とは
占い[心]やもみほぐし[身体]や創作[感性]といった
三種のツール[枝]の先で多く[百]の笑顔[花]を
咲かせたいという想いで名付けた造語の屋号

あなたと好きな人あなたの好きな事
笑顔の毎日が百年続きますように

以前少し読んだときに、至極納得したのが
この記事の

【拡散希望】後者による「後者に何がおきているか/前者との決定的な違い」

で、矢印の図を見た時だった。

なるほど、あれはこういうことか、と自分の周りのおそらく後者であろう人のの行動が
少し、理解できた。

私の雇い主も、義両親も多分、夫も、後者だろうな、と理解した。

そうか、だから

段取りとか苦手なんだな。
時間には必ずといって良いほど遅れるんだな。
状況見ずに会話の途中で割り込んだり出来るんだな。
簡単な質問にしているのに、見当違いの、しかも回りくどい説明をするのだな。
周りがどう感じるか分からずに、思ったことをすぐ言ってしまうのだな。

これまでは、悪気は無さそうだけど、とは思いつつも、何でそうなのか、理解が出来なかった。

本当に、頭が真っ白になるなんて、到底考えられない私は所謂、前者で飛ばね族なんだな。

そういえば、何度も思ったものだわ。

分からないことや出来ない事・苦手な事は、全部自分でやろうとしないで、聞いたり任せたり・早めに全容を教えてくれたら良いのに

その方がずっとやり易いのに。

彼らが無理に頑張ると、或いは、妙に張り切ると
手が回らず、結局私がてんてこ舞しながらも何とかこなす羽目になるのだ。

もう、今では諦めの境地で
最初にあらゆる確認した後では、コロコロ代わる代わる要求を何とかしてあげる事はやめてから
随分と気が楽になってはきていたけれど。

なんでこうなのかしら?

という疑問は残っていたのだが。


それは、アチラの方々への疑問でもあったのだけど。

後者なんだと思えば、合点が行くと言うものだ。

相手の視点になる、というのが難しい事で
それが、まるで通常ではないのだということは

私にとっては驚きだったけれど。

その代わりの、集中力なんだろう。
世の天才と言われる人も、皆そうなんだろうね。

スーパー後者らしい。


前者、後者、どちらが良い悪いではなく
優れている劣っているではなく

生まれつき自分が持っている身体と同じように

どんな得手不得手があるか知るように

そしてその特徴をいかして自分らしく生きるために


一度はちゃんと、自分が前者なのか後者なのか
認識してみること、大事かもしれない。

今が、充実していて誰への不満もない幸せな状態なら
どちらでも構わないことだけれどね。