賭け事には全く興味のないわたしが、現時点で2度も競艇場に足を運ぶことになるのですから、人生とは分からないものです。
1度目は券売り場のアルバイトの面接でした。
受かりましたが、競艇に負けた人に怒られることがあると聞いたので丁重にお断りしました。
2度目は先日の浜松市のゆるキャラ、うなものお誕生日会です。
あんたろうくんがあんなに可愛いとは.......!
コタロウも可愛いヨー。
それはさておき、なんだか平成が終わったそうです。
このあきさくらという痛快ブログは平成20年くらいに産声をあげました。
長い歴史があります。
それから11年、平成という時代を駆け抜けていった訳です。
わたしが中学生になったくらいの頃でしょうか、平成が軌道に乗ってきた頃ですね。
そのときに特に印象的だったのが、同級生の辻君の言葉でした。
辻君は普段から「ちょっと不良」がモテる「足が速い人がモテる」といった田舎の中学校特有の風習を痛烈に批判する人間でした。
彼の主張には賛同する部分もあるのですが、生徒会選挙に立候補し「不良を好きになってはいけない」「足が速い人を好きになってはいけない」とナチスの再来かと思う公約を掲げて立候補したときは、こいつは大物になると思いました。
そんな辻君に応援演説を頼まれたわたしは、全校生徒の前で、辻君が子猫を助けた話を披露し、票につなげようと思ったのです。
辻君は猫なんか助けたことありませんでしたが、猫は票につながるとわたしなりに分析したのです。
けれども、応援演説で極度の緊張からか、気が動転してしまったわたしは、延々と、猫と熊を言い間違えていました。
ずっと、辻君は子熊を助けていたとか言っていればまだよかったのですが、ずっと子熊を殺していたと主張していて、微妙に残虐、だけど強いっていうちょっとした熊殺し大山倍達みたいになっていました。
辻君のキャラがぶれちゃいましたね。
わたしの中学校は比較的長い歴史を持っているのですが、そのなかでも伝説となる歴史を打ち立てましたね。
そう、生徒会長選挙で7票しか入らなかったのです。
わたしは入れませんでしたので、他に6人が辻君に入れたわけです。
その6人には足を向けて眠れないです。
どこにいるのか知らないので向けますけど。
平成という時代が終わりました。
わたしは平成が終わる前に、あの、平成時代に犯した間違いを正したかったのです。
というわけで、4月、実家に帰省する用事がありましたので、ついでに辻くんの家に謝りに行きました。
辻君は、めちゃくちゃ世捨て人みたいになっていて、髭もボーボーで晩年の大山倍達みたいでした。
完全に熊殺し大山倍達だなあ、あの日のわたしの演説は間違っていなかったと思ったのです。
平成が終わりました。
平成に残したモヤモヤはしっかりと片付けておきましょう。
そして、まさかの年号またぎをすることになったこのブログも令和の時代も引き続きよろしくお願いいたします。
