前回の劣等感の続きです。


私の姉は先天性の心臓病で、手術をする体力もなく家から一歩出ると車椅子の生活でした。


小さい頃から、お姉ちゃんを絶対に走らしたり脅かしたらダメ!って言われてました。

小さい頃から入退院を繰り返していて、病院も遠かったため、母がお見舞いに行くと帰りは夜なので近所の友達の家に預けられていました。


それが寂しくて、ある日学校に行きたくない!
一緒にお見舞いに行く~!って駄々をこねました。


すると、母がしびれを切らして
「もう~!いい加減にして!」と言いながら涙を流してたのを覚えています。


今から思えば、容態の不安定な姉も心配だし、留守番させてる私も心配だし、もぅ一杯いっぱいだったんでしょう。


でも幼い頃の私は(当時小学一年生)
お母さんに、わがまま言ったらアカン!
って、心にスイッチを入れてしまったのです。


そこから、寂しいとも言えず・・・

泣いたらあかん!

いい子でなくちゃ!


そんな自分の素直な気持ちを抑え続けていった結果、喜怒哀楽の薄~い人間になってしまいました。


楽しい~!嬉しい~!

そんな事すら、どぅ表現したらいいのかわからない。


辛い、怖い!
でも泣けないんです。


ムカつく~!
でも怒らない、いや怒れないんです。



姉は5年前、33歳で亡くなりました。

その時哀しみより先に、姉が亡くなったら、親も親戚もみんな悲しむ。
みんなから愛されてた姉より、私がいなくなった方がみんなの悲しみは少ないはず!

なんて感情があったんです。


昔から外で遊んでいても、お姉ちゃん元気?
学校に行ってもお姉ちゃん元気?


お姉ちゃんは手先が器用でいろんな手芸をしていたので、周りから絶賛されまくり。

話の中心はいつもお姉ちゃん!


両親も親戚もみんなお姉ちゃんが大事。


私の存在は薄いもの。


それが当たり前だったけど、ほんとは


もっと私の事もみて~!

寂しいよ~!


だったんですよね。


私はあまり愛されてない。


だから、人より頑張って、親に旦那さんに認めてもらいたい。


こんな気持ちがあると言うのは、カウンセリングなんかを受けていくうちにわかってきた事です。


そこで、母にそれとなく、小さい頃寂しかったし、お姉ちゃんの方が愛されてた。と伝えました。


でも、母はそんなことはない。
お姉ちゃんは、病気の心配はしてたけど日常では父も母も、私の方が心配で可愛がっていたと言いました。



もぅ、いっぱい頑張らなくても

素 のままでいるだけで、充分愛されているんだ。ということ。


頭ではわかっているけど・・・

まだ感じきる途中だけど、ちょっとずつ前に進んでる気がする。


劣等感から、どうまとめていいのやら(笑)



今日はこの辺で