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「村上さんって結婚されてどのくらい経つんですか?」

「うーん…4年になるかな…」
「奥さんと仲良いんですね!」
「まぁ、それなりやわ。」

お昼に妻の作ったお弁当を食べてる横で、女子社員からそんな話がふられる。

妻とは恋愛結婚で、仕事が楽しいらしくまだ子どもはいない。

毎日、お弁当を作ってくれ休日には映画やドライブに行ったり、ごく普通の一般的な夫婦仲という感じ。


妻にはこれと言って不満もないし、仕事をしながら家のこともよくやってくれているという感謝でいっぱい。





「村上さん、先方に提出する書類なんですけど…。」
クリップで止めた書類の束を差し出す彼女。




彼女は自分の部下にあたる子で、仕事を覚えようと必死に頑張っている。

いつもはそんな余裕なんてなさそうやけど、緊張が解けた時の不意に見せる笑顔が可愛えなんて、実は思うてる…。



書類を自分に差し出しながら、声のトーンを落とした彼女。
「昨日はすみませんでした、もう少し頑張ってみます。」

「◯◯さん、頑張ってるやん。オレはちゃんと知ってるで。また何でも相談してき。」


なかなか思うように仕事を覚えられない彼女は、自信をなくして悩んでいるようだった。


直接の上司である自分の責任も感じるし、何より彼女が居なくなるなんて考えたら、個人的にも寂しいわ。

ずっと傍に置いておきたい…。


「◯◯さん、明日の懇親会やけど出欠の連絡を総務にしといてな。」
「はい。」



懇親会では、来春から入社してくる新卒の学生を招いて、という名目の飲み会で。


彼女も、何とか仕事や会社に馴染もうとしてくれてるのか、一緒に出席してくれた。


懇親会の最中もずっと彼女は隣にいつつも、皆なの注文を取ったり、空いたお皿を下げたりと忙しなく動き回っていた。


「◯◯さん、彼氏いるんですか~?」
「お前ら、何聞いとんねん!仕事せぇ、仕事!」
「僕、年下ですけどどうです?」
新卒の若い連中にからかわれて顔を赤くしてる彼女。
(めっちゃ可愛いやん、どないしよ。)

「村上さん…。また相談、あるんですけど…。」
騒がしい周りの話し声に紛れて、また声のトーンを落とした彼女が耳打ちしてきた。


「どないしたん…。」
「いえ、この場では…ちょっと…。」
「そうかぁ、そうやな…。うん。」


「帰り、送ってくわな。」
「いいんですか?」
「どっちにしても、けっこう飲んでるやろ?」
彼女は、会社でも見たこともないような笑顔を浮かべてうなづいた。



会が終わり、酔いざましも兼ねて少し彼女と歩くことにした。

「どないしたん?また悩んでんのか?」
少し前を歩いていた彼女が振り返ったかと思うと、彼女は両手を俺の腰に回し胸に飛びこんできた。

彼女の髪の匂いがふわりと漂う。

(こんな細かったんやな…。)なんて思う。

「え…。」
「…。」

「村上さん、奥さんいますよね。」
「私も…、彼がいるんですけど…。」
「おん。せやな。せや。」


「ごめんなさい…。」
「…。」

「ん…、なに…、」
「…。」
「よく、わからなくて…。」

彼女の身体が離れて、顔を見合わせると彼女は涙目で。


「上手く言えんよな、この感じ。オレも…、もしかしたらおんなじ気持ちやわ。」
「っ…。」
「そんなびっくりせんでも…。」

「奥さんがいてる。奥さんに不満はないで。でも、◯◯が…気になって…しゃあない。」


「でも、あかんな。これはあかん。」


それきり彼女は口を開くことはなく、
自分もそれ以上掛ける言葉が見つからずにいた。

横を歩く彼女は俯いたまま、小さな手を絡めてきた。

その手には結婚指輪をしてたから、彼女のその手を離して、反対の手で彼女の左手を迎えにいった。


右手に温もりを感じたまま、彼女をタクシーに乗せ見送った。

これ以上、2人きりでいるともう戻れないと悟り、無口な彼女を良いことに指先を離したら、何か言いたげな瞳が、涙で潤ませた。

彼女への想いを自分の中だけに閉じ込めておれたら、良かったんやろな。




それからも彼女は仕事を覚えるのに一生懸命で、勤務中は今までと変わらないただの上司に部下。



変わったのは…、たぶん、オレの方で。
彼女の姿を探してまうし、彼女の気持ちを確かめたいと思ってしもうたから、もうどうしようもない。


姿を捉えた彼女が、そのままこちらへ近づいてきた。
「村上さん、見積書の確認お願いします。」
「おおう。」

書類に貼った付箋に、気づくのに時間はかからない。

「今日、食事しませんか?」
慌てて付箋を剥がし、小さく頷いて彼女に合図する。

会社を出ると、後ろから彼女がついてくるのがわかったから、少し離れたところで、彼女に右手を差し出すと小さく笑って握り返してきた。

冷たくて小さな彼女の手を、自分のコートのポケットに忍ばせる。


「村上さん…。」
「ん?……ええんかな…。こんなん、ええわけないよな。ごめんな…。」

「…。」
「こんな上司でごめんな…。」


彼女と食事して、少しだけお酒も飲んで、普通に会話して、笑って。

彼女も楽しそうやった、ただそれだけじゃ満たされない気持ちに気づいてしまうから。

彼女も薄々感じていただろう。


別れ際、やはり彼女は切ない表情をして見せた。
乗りかけたタクシーの後部座席から、強引に彼女を引っ張って、胸に閉じ込める。


「もう、あかん。どうかなってまいそうやわ。」
「…。」

「いい…ですよ…。」
「傷つけたないけど、ウソはつけへん。都合ええこと言うてるよな…、」

胸に顔を埋めた彼女は肩を震わせ泣いていたのがわかった。


彼女に目線を合わせると、唇を重ねた。
愛してると言うより、ごめんな、という思い。

互いに行き場のない想いを彷徨わせ、唇が離れたら、彼女はまた涙目で訴えた。
「もう1回。」
「ん。」

「もう1回。」
「しゃあないなぁ。」

「もう1回…。」
何度もキスをねだってきた。



最初からこうなることを、たぶんオレは期待しててん。
端から見たら愛妻家。
やけど、ホンマはそうやない。

もう今の俺は彼女が欲しかった。

「行こ。後悔すなや。」
彼女の手を引いてた。







遠慮がちにジャケットを脱がしてく彼女。
愛しくて、何より大切にしたいのに、そんな彼女を壊していく自分。

彼女は幸せからか、後悔なのか、涙が頬を伝い、シーツを濡らした。

涙の跡が残る頬にキスをすると、小さく彼女は笑いながら毛布で顔を隠した。


「ごめんな。でも、好きやで。」


互いに、この先はないと覚悟してのあの夜が、今思えば夢でも見てたんやないかって。

彼女を傷つけてしまった事実は消えんのにな。


「そろそろ行き。」




服を着て、髪を整えてる彼女の後ろでそう伝える。
彼女はハッとして、こちらを見てたようだったのを、気づかないフリをした。


彼女は泣いていたかな、1人で帰すんやなかったかな。

彼女の髪の香りを忘れたくなくて、目を閉じた。




fin.



アフターストーリー。