なぜ鬱になったのか…
とある事がきっかけになったのは間違いないけど

今思えば沢山きっかけはあった気がします。
子供の頃からそういう傾向にはあったのかな。と

自分のことを褒めてるわけでもないし
貶してるわけでもないけど…

よくも悪くも責任感は強かったです。
完璧主義に近くてノートをとる1つの行動ですら
間違えたら消すのではなく
間違えたら破いてまるまる書き直す。

やぶった後が気になるから大学ノートではなくルーズリーフを使うようになったり
変なところ頑固で融通の効かない子でした。

仲間に入れないような子がいたら寄り添いたい

自分ならそうしてもらいたいからと
やっていたことでさえ偽善者といわれてしまう。

悪気なくやってしまうらしいです。
親にそう言われました。

そのうち、いい子ぶってるって
まわりに嫌われるようになったりもしました。


幼稚園ぐらいのときから親の顔色を見て
我慢して育った感じもあります。

親の考えとずれると
身内総出で違うと矯正されたりしました。

絵を書くことがすきで
ご飯も忘れるほど絵を書いていた時があったんですが
病気だと言われて
根暗だと言われて
書くことをやめました。
代わりにピアノを習わされました。
だけどお金がかかるからと
コンクールには出してもらえなかった。

コンクールに出たかったわけじゃないけど
恥ずかしかったです。
ピアノ教室の友達や先生から
可哀想って顔されるのがいやでした。

兄、姉は自由にさせてもらってるけど
私はいつも怒られていました。
理不尽に思う反面
期待されてると勘違いしてました。

単純に言うこと聞くから
囲っていたかっただけだったんだ。と
大人になってから気付きました。

今でも親の呪縛から解放されずにいます。
 
植え付けられた洗脳はなかなか解けません。

今は程よい距離感の所に引っ越したので
会うことはなかなかありませんが
電話がくると緊張するし
なに頼まれても
いいよ。と言ってしまいます。

たまに心に余裕ができて
会いたいなと思い帰っても
お金貸してほしい。と言われて
残念な気持ちに何度もなりました。

そうやって
小さい頃から認知の歪みというのでしょうか。
形成されてしまったのかな。。と
考えることもありますが

全てが親のせいではないし
私自身も親元が居心地良いと感じて
言うこと聞いてしまっていたし
親の求める子供になったのは私自身です。

だから人のせいにしてはいけないし
親が悪いわけじゃない。

自分の行いが今に繋がってるんだと
わかってます。

ただこういう風に
第三者の目に完全にはなれませんが
当時を振り返り
ココがよくなかったんだと
考え直す時間も大事なのかな…と思って
やっております。

あー、毎日がくるしい。
また今日がきた。
そんな気持ちでいまは過ごしてます。