かなりさぼっていました (T . T)
3.16日 みんなに見守られながら 自宅で静かに息を引き取ったお父さん。
この1.2年は 食事介助も必要だったし 文字盤での会話 お父さんが嬉し泣きする姿も 笑う姿も見れませんでした。
緩和の為 モルヒネも投与していましたが 最後の日まで しっかりしていたお父さん。
娘や孫に弱音を最後まで 吐かず見せずにきたお父さん、たくましく、最後まで戦っていたことを誇りに思います。
後から母から聞いた話によると 出来なくなることが増える度 悔しくて涙を流していたらしいです。辛かったね。
妹の子供にも会えたけど もう抱っこする力はなかったお父さん、もどかしかったね。
ブザーを押す指の力もなくなり 文字盤で奥の指なら押せるかもと 最後まで自分の力を使おうと頑張ったけど 押せなかった時 悔しすぎたね。
私も 同じく悔しかったよ。
文字盤で話す言葉を ちゃんと理解してあげたくて 何度もやり直したり しんどい思いや やるせない気持ちにさせたね。ごめんね。
沢山の思いがあり 病気のまま 生きていても
生き地獄だったし 家族も介護で疲れてたと思うけど それでも もう二度と 会えないとゆう現状の方が辛いね。
お父さんが守ってきてくれた33年より これから生きていく方が 長いから どうか近くで見守っててね。
真っ直ぐで几帳面で何でもこなす父が 全てを奪われていくALSは 残酷で辛かったと思います。
私も未だに なんでこんな病気に?とか憎いなとか 色んな想いがありますが 早くこの病気が解明され 治療、治療薬が出来ます様に。
お父さん ありがとう。お疲れ様。
