前回のblogでお伝えした通り、私の卒論は
「Sex and the cityにおけるユーモア分析」
というふしだらなトピックだった。
将来の夢の一つに「writerになる」という項目がある。
あるイラストレーターの女性に「どうやってイラストレーターになったの?」と聞くと、
「自分の名刺つくって、肩書きに"イラストレーター"って書いたらなれるで!」
って画期的な方法を教えてくれた。
すぅぐ作ろう!
sex and the cityの主人公はsexについてのコラムを書くコラムニスト。
彼女に憧れているわけではないが、大きなベッドでmacをタイプする構図は一度体験してみたかった。
ゆえに、今、台北のホテルでそれをdreams come trueってるところだ。
CNNで日本の選挙情報を英語で見ながら。シュール。
13~18才は1年に一度海外へいくという目標をかかげ、
19歳~は1年2カ国を目指し、
現在は海外出張が仕事になり、今年3度目の出張中である。
夏あたりには韓国へ生徒に会いに、
クリスマスの時期はフィアンセとスペインへ彼の家族に会いにいく予定だ。
世界を近くに感じると同時に、
海外にいけば行くほど日本が好きになる。
少し離れるといいところが見えてくる。
文化授業や京都遠足で毎回一番興奮しているのが私だということは生徒も薄々勘づいているだろう。
ってなことで(急にまとめに入ったのは睡魔が襲ってきたからでは決してない)
この「クジャクの求愛行動」のCM作りました。
みんなにこのゆるすぎるブログを読んでもらって共感する人が世界中に広がって世界平和につながった後にみんなで軽い打ち上げができたらいいなとおもっています!
http://www.youtube.com/watch?v=fZWjo8uJazk
ぽきゃんぴ~!
【人間って面倒くさい。】
本当に。
世界が終わりを迎えようとしていて、
どう考えても一致団結しなあかんときにも
面倒な人間によってこの星がほろびることもあるんだろうなと日々思う。
富を独り占めにし、
食べ物を自分の分だけ確保し、
人を殺め、
他人のことは知らんぷり。
そんなことが世の中にはびこってる。
電車に乗っていても、
携帯電話と自分の世界に入り込み、目の前に身体が不自由な人が乗ってきても気づかない。
私も人のこといえない。
人といるときは緊急以外は携帯をいじりたくない。
でも、人といることが多くメールが返信できない。
よって通勤中などに返す。
それでも、電車が各駅についてドアが開くときは必ずそちらを見るようにする。誰か私の席を必要としている人がいるかもしれないからだ。
でも、人間はそんなにバカじゃない。
私が誰かに席を譲ることで、周りにいた人はすこし表情が柔らかくなる瞬間みたいなものを感じることが多い。
これが、「普通」のことなんだと気づいてほしい。
先日、パートナーと一緒に人工呼吸の講座を受けにいった。
日本は平和だ。
でも、いつどこで事故や意識不明の人に遭遇するか分からない。
「AEDの使い方マスターしたいね」
なんて話をしていた矢先、病院勤めの母から一般向けの人工呼吸・AED講習が無料であるけどこないかと誘いがあった。
私とパートナーはすぐさま申し込んだ。
当日、病院の一室へ受講しにいくと夫婦1組、主婦さん1人、私、そして陽気なスペイン人1人のたった4人だった。
看護師の数の方が多かった。
人数が少なかったことが若干ショックながらも、
私たちは本当に手取り足取り指導してもらい、
現場さながらの演技も交えながら楽しく1時間半みっちり受講した。
赤ちゃん、小学生、大人にいたるまで少し手順が違うことも分かり、修了証までいただいた。
おそらくこの講習を外国人が受けたのは私のパートナーが初めてだろう。
帰りにパートナーが
「こんなすばらしい講習に誘ってくれてありがとう。
本当に知りたかったことを日本語で学ぶことができて本当に感激。
もっと多くの人がきたらいいのにね。」
といっていた。
もちろん、1度講習しただけじゃまだまだかもしれない。
けど、「知ってる」と「知らない」は大違い。
「知ってる」と「解る」も大違い。
だから継続的に講習にいこうと思う。
意識不明の人が私たちと出会えば命を取り留めたかもしれなくて、
人工呼吸をしらない誰かしかいなくて命を落としてしまう、なんてこと悲しすぎる。
世の中は発展して、豊かになるけど、
人間がどうにかしないといけない。
私は手に職もなにもないしたいして長けてるものがないから、
自分にできることは継続していきたい。
毎日思う。
「人間は本当に面倒くさい」
弱くて、
勝手で、
独りよがりで、
複雑で、
儚い。
だから、私は
人間をあきらめてやらない。
こんなえらそーなことばっかり言ってるけど、
私の器はおちょこくらいしかないし、
すべての人に優しくなれるわけでもない。
けど、ぶれないようにはいたいと思う。
数年前、下ネタが二足歩行しているような友達に、
「唯ちゃんって、チャリティーとかやってんのに下ネタとか言うねんな!」ってすごいまっすぐな目で言われて爆笑してしまった。
どんなピュアやねん私。
私のブログのタイトル、
「クジャクの求愛行動」やで。
国際大学出てんのに
卒論のテーマ「Sex and the City」やで。
どの口が言うてんねん。
とにかく、なにが言いたいかっていうと、
もうすぐホームページ立ち上げて本腰入れて
"It's a small world project"始動するからみんな応援してくれよな!
ってこと★
よろしく~おきゃんピ~!
(台湾到着)
本当に。
世界が終わりを迎えようとしていて、
どう考えても一致団結しなあかんときにも
面倒な人間によってこの星がほろびることもあるんだろうなと日々思う。
富を独り占めにし、
食べ物を自分の分だけ確保し、
人を殺め、
他人のことは知らんぷり。
そんなことが世の中にはびこってる。
電車に乗っていても、
携帯電話と自分の世界に入り込み、目の前に身体が不自由な人が乗ってきても気づかない。
私も人のこといえない。
人といるときは緊急以外は携帯をいじりたくない。
でも、人といることが多くメールが返信できない。
よって通勤中などに返す。
それでも、電車が各駅についてドアが開くときは必ずそちらを見るようにする。誰か私の席を必要としている人がいるかもしれないからだ。
でも、人間はそんなにバカじゃない。
私が誰かに席を譲ることで、周りにいた人はすこし表情が柔らかくなる瞬間みたいなものを感じることが多い。
これが、「普通」のことなんだと気づいてほしい。
先日、パートナーと一緒に人工呼吸の講座を受けにいった。
日本は平和だ。
でも、いつどこで事故や意識不明の人に遭遇するか分からない。
「AEDの使い方マスターしたいね」
なんて話をしていた矢先、病院勤めの母から一般向けの人工呼吸・AED講習が無料であるけどこないかと誘いがあった。
私とパートナーはすぐさま申し込んだ。
当日、病院の一室へ受講しにいくと夫婦1組、主婦さん1人、私、そして陽気なスペイン人1人のたった4人だった。
看護師の数の方が多かった。
人数が少なかったことが若干ショックながらも、
私たちは本当に手取り足取り指導してもらい、
現場さながらの演技も交えながら楽しく1時間半みっちり受講した。
赤ちゃん、小学生、大人にいたるまで少し手順が違うことも分かり、修了証までいただいた。
おそらくこの講習を外国人が受けたのは私のパートナーが初めてだろう。
帰りにパートナーが
「こんなすばらしい講習に誘ってくれてありがとう。
本当に知りたかったことを日本語で学ぶことができて本当に感激。
もっと多くの人がきたらいいのにね。」
といっていた。
もちろん、1度講習しただけじゃまだまだかもしれない。
けど、「知ってる」と「知らない」は大違い。
「知ってる」と「解る」も大違い。
だから継続的に講習にいこうと思う。
意識不明の人が私たちと出会えば命を取り留めたかもしれなくて、
人工呼吸をしらない誰かしかいなくて命を落としてしまう、なんてこと悲しすぎる。
世の中は発展して、豊かになるけど、
人間がどうにかしないといけない。
私は手に職もなにもないしたいして長けてるものがないから、
自分にできることは継続していきたい。
毎日思う。
「人間は本当に面倒くさい」
弱くて、
勝手で、
独りよがりで、
複雑で、
儚い。
だから、私は
人間をあきらめてやらない。
こんなえらそーなことばっかり言ってるけど、
私の器はおちょこくらいしかないし、
すべての人に優しくなれるわけでもない。
けど、ぶれないようにはいたいと思う。
数年前、下ネタが二足歩行しているような友達に、
「唯ちゃんって、チャリティーとかやってんのに下ネタとか言うねんな!」ってすごいまっすぐな目で言われて爆笑してしまった。
どんなピュアやねん私。
私のブログのタイトル、
「クジャクの求愛行動」やで。
国際大学出てんのに
卒論のテーマ「Sex and the City」やで。
どの口が言うてんねん。
とにかく、なにが言いたいかっていうと、
もうすぐホームページ立ち上げて本腰入れて
"It's a small world project"始動するからみんな応援してくれよな!
ってこと★
よろしく~おきゃんピ~!
(台湾到着)
こんな話をしたことがあるだろうか。
私が時々やる「命がけゲーム」のこと。
やり方は意外と簡単。
1、電車に乗る。
2、誰か適当にターゲットを決める。
3、その人の方を見ず、心の中でそのターゲットにまつわるハッタリを心の中でつぶやく。
ex.「あ、あの赤い服の人の肩にカブトムシが乗ってる・・」
4、もし、その人がすかさず肩を気にしだした様子を示したら、
その人はエイリアン!
人の心を読むことができるのだ!
そうやって、いろんな人をターゲットにして誰がエイリアンかを探している。
どうして命がけかって?
もちろん「あ、あいつエイリアン!」って思った私の心も読まれてしまうからだ。
その場合、すぐに口封じとして抹消されるだろう。
陽気なエイリアンならFacebook申請してくるかもしれない。
大学時代、往復3時間かかるところに通っていたのでこうやって私は日夜命がけで遊んでいたのだ。
もちろん、未だ誰も私がエイリアンと認めたものはいなかったが。
(急に上から)
言語も結構同じことがいえる。
時々、どうしても我慢できない現状に出くわしたとき私とパートナー、または英語の分かる友達とは英語で話す。
腹黒いことは承知だ。
目の前に当事者がいて、言いたいことを我慢しないといけない状況。
でも、その当事者がもし英語を話せたとしたら
そのときもやっぱり抹消されるだろう。
私は抹消されたがりなのか。
最近では褒め言葉も英語でいうことがある。
あるカツ丼屋さん。法善寺横町にあるカウンターのみの雰囲気のあるカツ丼屋さん。
店主のお客さん、店員さんとの距離感は絶妙でちょうどいい接客をしてくれる。
べたべたせず、こびず、でもお客さんに常に目を配っている。
そのことをパートナーと英語で
「この店主の対応5つ星だね!」なんて話しているとき少し店主の顔がほころんだ気がした。
もしかしたら英語話者なのかもしれない。
もしくは、褒め言葉って言葉の壁を越える。
もしくは、昨日見たすべらない話のDVDを思い出し笑いしていただけかもしれない。
不平不満を他言語で言うよりも、褒め言葉をこっそり英語で話す方がずいぶん気分も違うし伝わったとしてもいい後味しか残らないと痛感した。
なんか、第三者から自分がほめられていたことを聞くあのたまらない幸せな感覚。
日本ではやはり英語の普及率はまだ少ないように感じる。
もちろん私もいまだに中学校3年生レベルで踏ん張っている程度だから何も言えないが・・・
でも、その国で違う国の言葉を使うと自分がエイリアンになった気分になれて楽しい。
それを証拠に、
外国人が日本にいるとき外国人登録というのをするのだが、
その英語訳は
"Alien registration"
直訳すると「エイリアン登録」だ。
日本語でローマ字をそのまま読むと「ありえん登録」
日本政府は外国人を「ありえないエーリアンの登録」と思っている隠語かなぁ~と勝手に解釈していたが、
alienの意味に「外国の」という意味があるらしく自分のご威力のなさにまた混沌とした気分になった。
そんな私は今年何度目か分からない海外出張へ。
今回も台湾!
留学フェアというものに初参戦!
何を持ってきていいかさっぱり分からないのでとりあえず私の働く日本語学校のパンフレットと、卸市場で購入した500円の法被を持ってきた。
台湾の国民にありえないエーリアンと認識してもらえるようにふんばってこようと思う!
健闘を祈れ!