明日はBポジけーりん大学の開講式。
橋渡しする役割という視点から、
今求められているビジネスを教えてもらえます。
開講式はオンラインで行われます![]()
ドキドキ
開講式前ですが、さっそく届いた授業動画を
第一章分8本観てみました。
(↑コンテンツめっちゃ充実してる
)
う~ん…
Bポジって奥深い。
Bポジションって、入る前にたくさんの方の説明を聞いて
理解したつもりだったんだけど、
思っているのより、深かった![]()
というのも、Bポジって幅広くて
自分の身近な人間関係から、会社、ネット
人さえいればどんな環境でも使える視点で
この行動がBとは一言で言えない![]()
見方を変えればこれもB、あれもBとかある![]()
講座の中で、ライブ配信でのコメントを例に説明があって
私は完全に勘違いしていたことに気が付きました![]()
コメントにおけるBポジションというのは
発言している人、コメントしている人への賛同・称賛
また、良いところに気が付き、人に知らせるということだと思っていました。
確かにこれは言われた人は嬉しいかもしれない。
でももしその場で求められていなければ、むしろ迷惑かもしれません。
それに、自分対相手の関係しか見れていない。
この場合(ライブ配信へのコメント)でのBポジションというのは
例えば、
勇気が出ず質問できない人が考えているだろう質問をするとか
配信者の発言に誤解が生じないように補足をするとか
配信者の意図をくんで要約するとか
「その場をいかに円滑な状態に持っていくかどうか」を
考えて行動すること。
時にはAの立場に立ち、話しやすい環境を作り、
時にはCの立場に立ち、思いをくみ取る
「場」という意識がとても重要なのかもしれないと思いました。
人と人の関係というより、その場が建設的に発展するように
みている人がそれぞれ価値ある学びを持ち帰れるように
その場をよりよい空間になるように、底上げするような気持ちを持って参加する。
むしろ、場そのものになることなんじゃないかと思います。
(これは私見です↑)
場そのものになれれば、「自分が」なんていう気持ちは
湧いても来ない(笑)
なんかやってることかなりずれていたな、と反省です![]()
知らずに「これがBだ」と
配信者・コメントの良いところをあげるコメントを
一生懸命せっせとしておりました。
恥ずかしい。
家庭でも、職場でも友人関係でも
けっこう気を使って動いていたつもりだったけど、
見えてないところたくさんあったかもしれない![]()
例えば自分の例でいうと
家庭では、夫のいないところで夫の脱ぎっぱなしの靴下にため息をついたり
こんなのが意外と子供にも聞こえていて
家庭の「場」を壊していたかもしれない。
知らずうちに言ってしまっている陰口だって
たとえそれが話している相手から話し出したとしても
それに乗っかって話すことでも、そこからいい「場」が生まれるとは考えにくい。
うっかり言ってしまっている愚痴だって同じ。
そんなことしてさりげなく人間関係壊して、「場」を壊すことで
自分と自分に関わる人たちを少しずつ不幸にしていたのかもしれない。
あらゆる環境で使える視点との説明だったけど、
これって一生使えるというか…
一生使わねばならない![]()
人間として幸せになるにはこれしかない。
と思うと、自分一人の影響ってものすごくて
自分の環境をいかようにも変えることができる。
言い換えれば、
自分の居心地の悪さは自分の行動がただ返ってきているだけ。
よい「場」を作らなかった
よい「場」になりきれなかったということ。
人の悪口言ってはいけません!!
ってこういうことだったのね![]()
自分を幸せにするためにも、
自分の周りにも幸せになってもらうためにも
Bという視点は必要不可欠。
自分も、自分の周りも絶対に幸せにしてみせる!
というか、
Bを使えば幸せにできると確信した授業でした。
ビジネス塾でこんな気づきがあるとは驚きです![]()
これに実践ってどうなるんだろう。
次の授業がますます楽しみです。