お久しぶりです🐰
皆さん、元気にしていましたか![]()
僕も4月に9歳になって
ママさんからは
『なんか最近よく寝てるよねぇ』
『シニアに入ったからかなぁ…
』
ちょっと![]()
ママさん![]()
僕はまだまだ若いんだからね![]()
年寄り扱いしないでくれる![]()
![]()
『寝る子は育つ』
それを実践してるだけだからぁぁぁ![]()
失礼しちゃうよ…まったく![]()
て感じで、僕は元気いっぱいだよ![]()
旅立ったママンをはじめ
お里の皆んなの分まで
頑張るぞぉ![]()
さぁ、僕の決意を表明したから
今からお昼寝入りまぁす💤
終わりにママンの寝ている写真があります。
賛否両論ありますが、あまりにも穏やかで、
しあわせそうな表情を浮かべてるので
載せました。
苦手の方は、
文章のみ拝読いただけたらと思います。
『学校のうさぎちゃん達』
当時、子供達が通学していた小学校には
うさぎが飼育されていました。
仔ウサギが産まれ、里親募集をされていた仔ウサギをお迎えしました。
実は、とんすけは2匹目にお迎えされたうさぎです。
最初にお迎えした子は、わずか4日で天使になり、その子が旅立った日にとんすけが我が家にやってきました。
お世話しているとき、ふと思いました。
この子の親たちはどうしているんだろう…って。
ある日、小屋を見に行きました。
お水は入っていない、パンを食べている、ペレットが入っていない…。
それより、あまりにもうさぎが多すぎる現状にびっくりしました。
これは何とか環境を整えてあげたい。
その一心で、小屋のお世話を始めました。
お世話しているうちに、記録に残したい、誰かの役に立てれたら、他の学校うさぎも良い環境に改善されるかもしれないと思い、『学校のうさぎちゃん達』と言うタイトルで、ブログを書くことにしました。
そんな想いで始めた『学校のうさぎちゃん達』
このブログの中では、とんすけの次に欠かせないうさぎさんがいます。
ママンです。
そのママンが、
2026年4月23日 15時40分
静かに第二のステージへ出発しました。
推定年齢は10〜11歳でした。
一年前から両後脚の筋力低下が著しく、徐々に開帳肢になっていきました。
それでも、彼女は凄く前向きで、よく走ったりしていましたが、高齢だったのもあって、徐々に全身の筋力低下が目立ってきたところに、根尖炎症からの膿状鼻水が酷くなり、一時期は呼吸が安定せず、食欲減退、自家輸液と強制給餌の介護生活が始まりました。
正直、余命1ヶ月は難しいかな…と思っていたところに、昨年11月下旬にミントが体調を崩してしまい、2匹の介護が始まってしまいました。
しかし、さすがママンです。
多分、ミントが体調が悪いのを感じたのでしょう。
ペレットもしっかり食べ始め、給餌も1日110gも摂れるようになったのです。
持ち直したのです。
骨と皮状態の身体は、ふっくらしてきて、かかりつけの医師もママンの頑張りに沢山褒めてくださいました。
ママンは自家輸液も必要ないくらいに回復してくれていたので、ママン3割ミント7割の介護割合で出来たことが、私も精神的に余裕が出来、今となっては、しっかりそれぞれに納得のいくお世話が出来たと思っています。
2月にミントが旅立ち、しっかり見届けて4月の中旬。ママンが動けなくなり、食欲減退が始まりました。
でも、私が声をかけると頑張って座った体勢になり、『わたし、まだ大丈夫よ
』と言っているかのように、いつも目をキラキラ✨させて、芯の強い子だなと確信したなぁ。
そして、4月23日。
少し前から酸素器を使用していたのと、急変に直ぐ対応出来るように、リビングに引っ越していました。
嚥下、咀嚼の速さがもうかなりスローになり、呼吸も何とかしてる状態で、ほぼ昏睡に近い状態に旅立つのも近いと思い、撫でながら沢山話をしていました。
我が家には変な?ジンクス?があります。
今までお世話していた学校うさぎ達、我が子として迎えた学校うさぎ達は、みんな私を旅立ちに立ち会わせてくれません。
しかも100%…私の腕の中で旅立ったことがありません。
なんか、みんなで口裏合わせてるのか?と思うくらいです。
ママンと話していると、こちらをずっと真っ直ぐ見てくるんです。しかも何か訴えかけてる目つき…。
『ママさん、解ってるわよね?』
ピンときました。ピンと来てしまったんです。
私が居るから旅立てない、と…。
その日は偶然にも娘が仕事が休みの日。
『わかったよ。ママン。ちょっと買い物にいってくるから、絶対待っていてね。』
と、ママンに伝えたものの、私がいないのを確認して、旅立つだろうと直感したので、娘にもその事を伝えました。
娘はしっかり側について寄り添うよ、と理解してくれた上で、私は家を出ました。
2件、用事を済ませて帰るところ、寄らないつもりだったスーパーに何故か引き寄せられるように入ってしまいました。
何で寄った⁇と思いながら、店舗に入った時に娘から電話が…
『今、ママンが眠ったよ。なんか笑ってるよ。』
酷な役をやらせたことを謝り、直ぐ家へ向かいました。
帰宅してママンを見た瞬間、今までの感謝と労いの言葉を伝えながら、全身を撫でました。
実は、一年前の4月26日は相方のぷりんが旅立った日で、今年の26日で一周忌の命日を迎える時でした。
きっと、ぷりんが迎えに来てくれたと思います。
今は、久しぶりに2匹一緒に居れることを喜んでいるかな。
25日の葬儀は、てんこ盛りのご飯とお花を添えて、笑顔で送り出すことが出来ました。
長きにわたり、生前中はあたたかく見守って下さり、本当にありがとうございました。
我が家での学校うさぎは、とんすけとめめの2匹になりましたが、しっかり皆んなの分まで楽しく幸せに過ごせる様、全力で頑張りますので、これからも、見守っていただけると幸いです。






















































































































