制服がグロいというのは、《労働》=《考えうる最大のグロテスク》という前提で成り立っている。また、学生服は例外とする(学校は楽しいところなので)


制服は労働を彷彿させるアイテムの一つだと言える。

スーツもまた例外ではないが少しマシかもしれない。
何故ならスーツからイメージさせるものが必ずしも労働とは限らないからです。

私は労働と同時に、結婚式や葬式(喪服)等をイメージすることが多いのである程度ダメージは少ない。


その点ファミレス、ガソリンスタンド、工事現場といった労働と直結するような制服は目も当てられない。
この人達も上司や先輩に沢山怒られて辛い思いをしてると思うとつい自分と重ねてしまう。


何故制服という所に焦点を当てたのかというと、制服は自分がどこに属して何をしているのか、というのがリアル過ぎてキモいからです。


今思えば学生時代も学校の制服を着て、自分が〇校在籍だと思われるのがめちゃめちゃ嫌でした。

多分これは他人に自分の考えを行動や容姿から分析されるのがめちゃめちゃ嫌なだけだと思いますが……(例: CoCo壱でほうれん草トッピングをしたら、この人ほうれん草好きなんだ〜、等と隣の客に考察されている気がするのが嫌な奴)



仕事をする為に着替える時の「あっ…これから今日1日一人の私という人間ではなく、大日本帝国にひっそり存在する会社に属して、社会の歯車になるんだ」などと考えいる時の自分の無力さといったら情けない。


制服は仕事とプライベートを分ける為に必要等と御託を並べるちゃらんぽらんのぷっぷくぷーもいますが、仕事とプライベートを分ける→現実逃避なのでは?



仕事が嫌でストレスとなる原因を忘れたいということだと思うのですが、結局のところ労働なんて逃げられないし、休みも終わりに近付くとストレスは働いてる時と同等、もしくはそれ以上になります。


現実逃避が決して悪いことではないと思いますが家にいても、会社や仕事で使用しているものは必ず何かしらあって、それを目にしたらもう頭の中は仕事のことで頭がいっぱいでしょう。



なら少しでもそういったものを目にする機会を減らすべきではないかと私は考えます。


何が言いたいのかわかんなくなってきたけど、とりあえず私服出勤、週休3日、絶対に怒られない環境で社会に埋もれずやりたい事を仕事にしてぇ〜





おわり