今日は娘が倒れた日。

 

生まれて初めて、娘も私も救急車に乗った日。

 

オペした日。

 

いずれわかるから言いますけど、予後が悪い腫瘍ですって言われた日。

 

奈落の底に落ちた日。

 

娘がお空に旅立つ時と同じくらい、辛かった日かもしれない。

 

 

 

5年前の今頃は、隣のクリニックで点滴を受けていた。

時間がかかるから、一旦、私は家に帰っていいと言われて家にいた。

 

帰ってきてから、ばぁばの家で娘のお昼ご飯をいただいた。

病気なんてしたことない、学校を休んだことのない孫を心配してくれて。

 

クリニックに行って検査しても胃腸炎ではない。

でも、たまに嘔吐する。

食欲がない。

ゴロゴロしている。

少しでも食べないと元気が出ないよって、昭和な私とばぁばは食べさせていた。

 

目を閉じながら、ばぁばにひと口ふた口食べさせてもらった娘。

食べたから横になりたいと、ソファーに移動するときに倒れた。

咄嗟にばぁばが駆けつけ、私に電話するよう叫んだ。

だから、私は娘が倒れていた顔を見ていない。

クリニックに電話したら、救急車を呼ぶように言われ、救急車を呼んだ。

(クリニックでは、その頃に娘が点滴を受けていたベッドの非常ブザーが鳴ったって)

救急車が到着する前に、ばぁばに保険証を持ってくるように言われ自宅にダッシュ。

再び戻ると、救急車に運ばれるところだった。

 

 

全ては、脳腫瘍のせい。

水頭症になっていたせい。

 

よくある、食欲がなくて体力が落ちてゴロゴロしていたというわけではなかった。

水頭症で傾眠症状が出て、食欲も出ず…だった。

 

 

倒れる前日、寝てばかりいるので、少しはソファに座っていなさいって怒った。

数日間、クリニックで胃腸炎でも風邪でもないし、点滴しているし、元気になるはず。

というか、ママ友たちにも、子どもが具合悪くて点滴したら良くなったって聞いてたし。

そういう感じの病気だと思っていた。『普通』の病気。

知らぬ間に、いないと思ったら、ピアノ以外で過ごさない子ども部屋に籠城した娘。

ドアの内側から棚を引っ張って押さえていた。

それを見つけて、「なにやってるのー!!」って、すごく怒った私。

(これに関しては、旦那は私に物申したいと思う。

でも、日常の子育てに関してはノータッチを貫いてくれていた旦那)

 

 

私が1番辛くて後悔しているのは、その時、怒ったこと。

すごいSOSだったのに。

 

 

まさか、娘の頭の中でそんなことになっているとは思わなかった。

誰も、そんなこと思いもしなかった。

 

 

と、ここまで書いていたら、就職先から面接の予定の電話が入った。

なかなか電話がこなくて、私でなく、紹介してくれたママ友がイライラ待っていた電話。

このタイミングでの電話。

しかも、神のような優しい声の持ち主。

一気に、堕ちてる私の気がまぎれるじゃないかー!!!

 

娘の優しさに涙が出てきた。

辛い思いでじゃなくて、こうしてフォローしてくれる娘の優しさ。

 

ちなみに、働きに来てくださいって言われた。

一応の面接するけど、採用決定みたい。

 

午後は履歴書書くわ。

買い物も行かないで、布団に潜ろうと思ったけど、行くね。

 

ありがとう、娘ちゃん。