ツイキャスというツイッターの生放送を
後輩と行った。
スマホについての話をする後輩の
「日本は変だ」という意見を聞いた。
具体的には覚えてないんだけど…
海外の方が日本で、とある端末の携帯を使う時は、法的にOK
日本人がその携帯を使うことは、法的にNGということ。
資本の問題なので、そうせざる得ない状況なのだろう。
日本がケチだという事も話しが出たが、
「その柵があるからこそ、日本特有のものが生まれるのではないか」
とおもった。
そう考えると、
ルールを変えることで
新たな価値が生まれることを思った。
海外と同じ条件になる必要もなく
日本が雁字搦めだからこその
新たな価値の創造があり
それが、世界にとって独創的であるという
日本を宇宙人として見える視点なのだろうと思う。
日本の仕組みによって生まれる日本人。
アメリカの仕組みによって生まれるアメリカ人。
国の文化や背景、法律やルールが仕組みとするならば
独特な発想はその中から生まれるのだろう。
そんなことを考えながら、アイデアとは何かを考えたりする。
芸術学部卒業だから、すっごく偏見な目で見ているかもしれないんだけど…
美術(表現)の授業は、
すごく重要と思う。
絵が上手とか下手とか、実はそんなことではなくて
美術の時間で得ることは、
「自分の見ている世界」を表現して
「他人と違う事の面白さ」を学ぶこと
そう思うんです。
違ってあたりまえなんだよね。
それが、子どもごころに分かれば
それぞれの個性があって
好き嫌いも面白いとなっていけると思うのね。
絵を描く授業で、
葉っぱに絵を描いたり
草を組合せて描いたり
粘土で立体的に描いたり
文章を描いたり
走った足あとで描いたり
夢を描いたり
そんな感じで描くことを
自由にしていけるといいなと思う。
そんな特別なことじゃないんだって
思うから出来る事が始まるとおもう。
美術(表現)の授業は、
すごく重要と思う。
絵が上手とか下手とか、実はそんなことではなくて
美術の時間で得ることは、
「自分の見ている世界」を表現して
「他人と違う事の面白さ」を学ぶこと
そう思うんです。
違ってあたりまえなんだよね。
それが、子どもごころに分かれば
それぞれの個性があって
好き嫌いも面白いとなっていけると思うのね。
絵を描く授業で、
葉っぱに絵を描いたり
草を組合せて描いたり
粘土で立体的に描いたり
文章を描いたり
走った足あとで描いたり
夢を描いたり
そんな感じで描くことを
自由にしていけるといいなと思う。
そんな特別なことじゃないんだって
思うから出来る事が始まるとおもう。
絵を描くこと。
「なぜ自分の絵がダメか良いかを決められるのだろうか。」
とある、ツイッターのつぶやきを見てフト考えた。
自分自身も絵を描いて
何を良しとし、何を悪しとするか。
それは、自分自身の描いた画なのに
自分自身の描いた画を見て
発見してしまうことだと思う。
それが、発見出来ないもの。
つまり、想定内のものは悪しとしてしまう自分がいる。
僕にとっての絵を描くことは
自分が変容することの悦びを
見出す事ができることだ。
「なぜ自分の絵がダメか良いかを決められるのだろうか。」
とある、ツイッターのつぶやきを見てフト考えた。
自分自身も絵を描いて
何を良しとし、何を悪しとするか。
それは、自分自身の描いた画なのに
自分自身の描いた画を見て
発見してしまうことだと思う。
それが、発見出来ないもの。
つまり、想定内のものは悪しとしてしまう自分がいる。
僕にとっての絵を描くことは
自分が変容することの悦びを
見出す事ができることだ。
NHKの番組で、「ニッポン戦後サブカルチャー史」を拝見。
第三回目の60年代のマンガから見始め
70年代、80年代の歴史と文化を観る。
共通して感じるのは、
今起きている事と変わらないと
感じている自分が居ることだった。
60年代のマンガ、「カムイ伝」。
そして、「天才バカボン」。
歴史として、
東京オリンピック、ビートルズ、
そして、ベトナム運動の反戦運動や学生運動…。
カムイ伝の物語と、現実の物語がリンクすることで
バイブルとしての「カムイ伝」が読まれている。
そして、バランスが一方方向に傾いていく流れで
「天才バカボン」が、先入観を破壊していく。
70年代では、「解放」をされていく。
歴史として、
沖縄返還
高度成長期を終えるオイルショック(1973年)
浅間山荘事件
ロッキード事件
番組では、深夜のラジオをテーマに
「深夜」の時間を獲得する姿が描かれる。
DJ林美雄が、アンテナにかかる現象を収集し発信してきたこと。
それも、フランクに語りかける言葉で。
音楽では、日本語ロックや、批判を受け登場する荒井由実。
また、雑誌では散歩のように発信すること。
妄想が掲載されることなど主観表現。
80年代では、
1978年~81年頃パーソナルコンピュータが徐々に普及。
万博では、ミライを描くテクノロジーの世界。
「真面目な日本人」「没個性な日本人」海外の目。
そこで、音楽シーンでYMOが登場し、
「コンピューターと音楽をする」そして
「能で音楽をコンピューターと共創する」。
また、TMOの世界戦略では
「海外の視線を受けて、茶化す」
「時代の文脈に則り、ビジュアルを表現する」
「しらけつつ乗る、乗りつつしらける」
バブルを代表とする、DC(デザイナーズ&キャラクターズ)ブランド。
三宅一生の「黒」の色を表現するコト。
そんな事が放送された。
個人的な主観で思うことが
溢れてきた。
それは、歴史は個人に蓄積されること。
直接的に体感した風景を片手に持ち
歴史を歩み繋がりを見つけようとする。
そこには、沢山のつながりを見つけられる。
そして、その繋がりは自分の体験したものしか
つながれない寂しさを思う。
学ぶことは、
知ることだけじゃないと
痛感した。
第三回目の60年代のマンガから見始め
70年代、80年代の歴史と文化を観る。
共通して感じるのは、
今起きている事と変わらないと
感じている自分が居ることだった。
60年代のマンガ、「カムイ伝」。
そして、「天才バカボン」。
歴史として、
東京オリンピック、ビートルズ、
そして、ベトナム運動の反戦運動や学生運動…。
カムイ伝の物語と、現実の物語がリンクすることで
バイブルとしての「カムイ伝」が読まれている。
そして、バランスが一方方向に傾いていく流れで
「天才バカボン」が、先入観を破壊していく。
70年代では、「解放」をされていく。
歴史として、
沖縄返還
高度成長期を終えるオイルショック(1973年)
浅間山荘事件
ロッキード事件
番組では、深夜のラジオをテーマに
「深夜」の時間を獲得する姿が描かれる。
DJ林美雄が、アンテナにかかる現象を収集し発信してきたこと。
それも、フランクに語りかける言葉で。
音楽では、日本語ロックや、批判を受け登場する荒井由実。
また、雑誌では散歩のように発信すること。
妄想が掲載されることなど主観表現。
80年代では、
1978年~81年頃パーソナルコンピュータが徐々に普及。
万博では、ミライを描くテクノロジーの世界。
「真面目な日本人」「没個性な日本人」海外の目。
そこで、音楽シーンでYMOが登場し、
「コンピューターと音楽をする」そして
「能で音楽をコンピューターと共創する」。
また、TMOの世界戦略では
「海外の視線を受けて、茶化す」
「時代の文脈に則り、ビジュアルを表現する」
「しらけつつ乗る、乗りつつしらける」
バブルを代表とする、DC(デザイナーズ&キャラクターズ)ブランド。
三宅一生の「黒」の色を表現するコト。
そんな事が放送された。
個人的な主観で思うことが
溢れてきた。
それは、歴史は個人に蓄積されること。
直接的に体感した風景を片手に持ち
歴史を歩み繋がりを見つけようとする。
そこには、沢山のつながりを見つけられる。
そして、その繋がりは自分の体験したものしか
つながれない寂しさを思う。
学ぶことは、
知ることだけじゃないと
痛感した。
耳が痛いこと。
生きてる中で、よくあること。
たぶん、自分の中でも
ダメだなと分かっていること。
それから逃げようと
言い訳考えたり、
相手のせいにするような
話を変えたりしてしまう。
本当は、その耳の痛いことは
自分の世界を変えるための
鍵だったりするのだろうと思うのです。
生きてる中で、よくあること。
たぶん、自分の中でも
ダメだなと分かっていること。
それから逃げようと
言い訳考えたり、
相手のせいにするような
話を変えたりしてしまう。
本当は、その耳の痛いことは
自分の世界を変えるための
鍵だったりするのだろうと思うのです。




