
ラベンダー、ローズマリー、ホップ&バレリアン、ハマメリス&カレンデュラ、4種類あるから、楽しみながら使っていこうっと

夏バテ対策に、1日1回汗をかくため、今日はバスミルクに入ろうっと

汗かくぞ~(^-^)/
ロック~わんこのしま~
もし良かったら見てください!!
なぜオススメするかというと、実は1月末まで1年半という期間、俺は三宅島で仕事をしていたからです。
ロックは実際に居た犬ですが、映画の内容・登場人物はフィクションです。
島内では今も尚、火山性ガスが発生しています。
3月11日、東北沖の地震により被災された方々がたくさんいます。今も復旧・復興のために日々頑張っている人がたくさんいます。
現在も家に帰れず、施設や仮設住宅に住まわれている方もいると思います。
そんな中、俺はみんなに三宅島の噴火を忘れて欲しくないんだ!
ここに俺の1年半滞在した三宅島のことについて書こうと思う。
一人でも多くの人に、この実際に起きた現実を知って欲しいから。
また、三宅島を含むこんな小さな島にも、精一杯生きる人がいることを知って欲しいから。
2009年6月末、俺は島へ期間限定の異動を命じられた。
それは三宅島という、浜松町竹芝桟橋から南へ約180kmはなれた島だった。
俺は入社してから東京に住んでいたが、同じ東京都内にある三宅島の存在を余り知らなかった。知っていたとしても、数年前に噴火したニュースを少し見ただけだったと思う。俺はもともとマイカーでのドライブや、ライブに行くのが趣味だった。しかし、三宅島に行くにあたりこれらの全ての趣味を捨てた。
新しい地での仕事や生活に不安ばかりだった。
コンビニが無いという事が考えられなかった。実家は静岡県静岡市の中心部に住み、高校を卒業し都内で働いたためその感覚が分からなかった。娯楽施設も無い、何も無い島だと思っていた。
着任し時間が経つに連れ、島民の噴火での話を聞いたり、たくさんの人・物に触れて、今までの俺の小ささを知った。こんなにも色々な物を背負って、一生懸命生きている人が居たんだと知った。
とある一家の家族の話
もともと島民である親父、島外からダイビングに来ていた奥さん、二人の出会いはそこからだった。奥さんは三宅島にあるその家に嫁に入った。子供にも恵まれ3人の女の子を授かった。親父は店を経営しており、母親と親父で働き、奥さんは子供の面倒を見ながら、働いている2人の食事や身の回りのサポートをしていた。以前、親父は漁師をして世界中を周っていた。しかし親父24の時、父親が亡くなった。その後、父親の後船頭を任され若い親父は年上の船員を動かしていた。経験が少なく、船員に命令しても魚は掛からなかった。船員達は「こんなところに魚が居るわけないだろ!」そう言いながら網を投げ魚は上がらず、そんなことが何度もあったそうだ。
その後、父親が唯一残した物それが、今経営している店だ。親父は船を降りその店の2代目として働く決心をした。そして奥さんと出会い、結婚して、子供もでき、幸せに溢れ生活をしていた。そした、2番目の子が中学生、3番目の子がまだ保育園くらいの時かな、その幸せはそう長くは続かなかった。悲劇は突然に起きた。幾度となる地震、噴煙の上がる山、そうそれは火山の予兆だった。
そして島民は全島避難を言い渡された
みんなの手には、それぞれ自分達の大切なものを持っていたが、手荷物を多く持っていくことを制限されていた。限られた量しか島から荷物は持ち出せなかった。親父は父親から託されていた秘伝のタレを三宅島に置き、その場を離れた…その時には直ぐにまた家に帰れるものだと、誰もが思っていた…
そして、直ぐには帰れないことを知った…
親父に託されたそのタレが気になっていたが、島に行けないためどうすることも出来なかった。
このころ、島民は村の意向により親は都営住宅、子を学校等で集団生活させ、親と子を別々に住まわせた。土日祝日しか会うことを認められず、子供は親が恋しく毎晩泣いた子もいた。親はそんな自分の子供が心配でたまらなかった。
ただ、被災者への寄付により大量のテレフォンカードを配られ、電話の前には毎日親と連絡を取るため、子供の長蛇の列が出来ていた。
いつ収束を迎えるか分からないその噴火をずっと待ちながら…
親父の一家については、奥さんの実家の近くにアパートを借り家族みんな揃って住んでいた。しかし、島を出て職を失い収入が無いため、自分達の生命保険を解約したり、新たに仕事を探して就職しやりくりしていた。だが、親父はそんな毎日に満足していなかった。島との生活のギャップ、自分のやりたい仕事ではない仕事、結局親父はそんな生活に馴染む事が出来なかった。
いつかまた三宅島に戻って以前のように家族揃って、みんなで幸せに生活をしたい、ただそれだけを願って…
幾度か島に一時帰島が出来る時があった。家族を代表し親父は島の様子を見に一時三宅島へと渡った。
そして、親父はその変わり果てた島の様子を見て絶句した。
一面火山灰を被り、白というか灰色一色に。見覚えのある思い出の場所は、形はあるものの悲惨な状態だった。そして、親父は自分の家を確認するため家へと急いだ。
火山灰を被り家も地面も灰色で、家屋には大きな被害は無かった。しかし、店舗には被害があった。火山灰で冷蔵庫が故障し、中に保管していた魚は全て腐り異臭を放っていた。父親から引き継いだ秘伝のタレも全て使い物にならず、親父は落胆した。今まで頑張って積み上げてきたものが、全て無にされてしまった。そして、滞在できる時間は過ぎ、また家族の待つアパートへ戻った。
親父は三宅島にある自分の家の様子を見るため、また三宅島で家族みんな揃って過ごす事を夢見て一人、三宅島の復興のための工事の人員として駆って出た。家族と離れ離れになっても、心の中では家族みんな繋がっていると信じて。
そして、親父は店を再び始めるため、同じ仕事をしている、三宅島と同じ伊豆七島の一つ新島へと母親と共に渡った。
そして、なんとその店のご主人が、その店の大切な秘伝のタレを親父へ少し分けて、また店の一部を使用し店を開くことを了承してくれた。この恩は一生忘れないと親父は心に誓い、数年ぶりに店を開業した。
タレも変わり以前とは全然違う味になっていたが、親父は今までの経験と感を頼りに、また自分のオリジナルの味を追い求めて毎日奮闘していた。
そして、噴火から5年…
一部の火山ガス高濃度地区を除き、帰島を許された。
また、三宅島で家族揃って生活出来ると心を躍らせ、親父たち一家は三宅島へ向かった…
しかし、以前と違うことが一つだけあった…
奥さんが島へと付いて来なかったのだった…
一番上の子は都内の大学へ進学し、二番目の子は中学を卒業し三宅島の高校へと進学し、三番目の子はまだ奥さんの実家の方の小学校へ通っていた。
奥さんは、「三番目の子は島での思い出が殆ど無く、こっちで友達が出来て引き離すのが可哀相だから」と、「火山学者の見解では確率的に20年に1度のペースで噴火するとの話をしていたので、また、噴火して同じような状況になるなら、島に戻らない」と言い出したのだった。
それが、家族がバラバラになるきっかけになった…
親父は、また家族みんなで生活出来ると思っていたので、その奥さんの言葉にショックを受けた。
それでも、親父は父親から受け継いだ店を守るため、この島の伝統を守るため、多額の借金をして冷蔵庫、家を修復し、三宅島での店の開業を急いだ。
そのころには、母親も歳になり親父一人で作業をこなしていた。
毎日休み無しで、朝5時には起き、夜も日付が変わり2時、3時まで作業をしていた。そんな親父を見て唯一親父と共に島へ戻った2番目の子は、学校が終わると毎日親父の手伝いをしていた。
そして、1番上の子も大学を中退し店の手伝いをするため、三宅島へ渡った。
多額の借金返済するため、今もその家族は三宅島で店を開店していて日夜奮闘している。
後日談、
俺が島に着てから親父と奥さんは正式に離婚をしました。「一緒に居ないなら意味が無い」と奥さんの言葉から離婚を決めたそうです。
また、俺は2番目の子と友達で色々聞いたんだ、気持ちを…私にも夢あったんだよ、動物関係の仕事に就きたかった、でも諦めるしかないでしょ。1番上の子が大学に行ったから、私も大学行きたかったよ、でも親に金が無いから行くのをやめろと言われ、親父が一人で仕事して日に日にボロボロになってるのを、家族の一員としてほっとけないでしょ。
この子は中学生時代、島から転校してきていじめにあっていたそうです。パシリや、シカト、親友だと思っていた友達の裏切り。彼女の腕には二の腕から手首にかけ無数の傷跡がある。そうなんだよ、このどうしようも出来ない思いに、自傷癖がついてしまったのです。なんで私だけ…悪いことなんかしてないのに…何でこんな辛いの?私の思い込みすぎかな?私が我慢すれば良いだけのことなのかな?
俺はこの話を聞き、涙があふれた。
それと同時に、この家族を応援したいと思った。
親父とも話したりするんだけど、噴火の頃ドキュメンタリーとしてテレビに追跡されていた時のビデオを見せて貰った。
カメラマンに貯金たくさんあるんですね?と言われ、これは生命保険解約した金なんだよ!とブチキレる親父。奥さんの、家族がバラバラになったきっかけになった言葉。家族みんなで三宅島の海で遊ぶ姿。そんなビデオを見せてくれて、離婚しても尚、「家族って良いもんだろ?」と俺に笑顔で話す親父さんを見て、俺はやりきれない思いで一杯になっていた。ビデオを見た後、親父さん一家が背負っている多額の借金の話を聞き、店内にある神棚に飾ってある包丁を指差し、借金が返せなくなったら腹を切って、自分の生命保険で借金を払い、子供達に負担を掛けさせないと言っていた。冗談ではなく真顔で俺に話してくれた。
それから俺は考えが変わった。
毎日同じような日の繰り返しかもしれないけれど、同じ日って二度はないんだよね。だから、後悔だけは絶対しないように、自分に妥協をしないようにしようと思った。だから、今夢を持って生きている人は絶対諦めないで欲しい。夢を実現できる環境を持っているんだから。夢を持っていても叶わない人もいる。だからそんな人の分まで頑張って欲しい。思ったら行動する。どんなに昔と同じように生きたいと思っても、いつの日か変わってしまうんだよね。人の気持ちも、時代も。
でも結局、今、自分にやれることをやるしかないんだけどね。
この店は島内でも有名な店なんだけど、最近聞いたんだ。
来年の6月までは利息のみ払い、その後はしっかり返済するか、破産の道を選ぶしかないと。破産を選ぶなら親父さんは間違いなく死ぬと思う。死ぬならこの島で死にたいと思っている親父さんだから。
借金5000万くらいなんだよ。利息だけでもいくらになるんだよ。
いくら、応援したくても俺は何をしたら良いのかわからない。店の売り物的にも、頑張ったところで急激に需要が伸びるものでもない。じゃあ、この1年間俺はどうすれば良いんだろう。この一家のために何が出来るのだろう。ただ待つしかないのか…最悪な状況になるその日を…
もし、これを最後まで見た人で、何か良い知恵があれば教えて欲しい!!!
これは切実なお願いです!
本当にお願いします!
今日は17時からプレ葉ウォークで行われる、遥奈のライブに行ってきた~
木曜日から実家の静岡に泊まっていたから、昼飯を食べてから、いざプレ葉へ!!
静岡から浜松へ!約30分新幹線に揺れながら浜松へ!浜松へはカフェAOZORAへ行ったからことあるから、
何度か来てるけど、この先は行ったことなかったけど、
そんな時には…ドラえも~んではなく、
困った時のスマホのナビ!
スマホのナビには何度も助けられているからな~
カフェAOZORAに始めて行ったときもナビを使って行ったからな~
まず、遠州鉄道の駅を目指し徒歩!
着いて切符を買ったが、なんと駅員へ手渡しで、昔ながらの切符を切る方式だというのを
見て少しビックリしながら、改札通過
更に電車が2両編成って…少なっ!!
かなりレトロ感満載な電車に乗り浜北へ!
電車に揺られ到着!
さあ、プレ葉を目指し徒歩!
駅から看板が見えたから行きやすかったな~
着いたのは、3時半くらいだったかな~
取り敢えずブラブラしながら、ライブ場所へ行ったら…遥奈さんが!?
リハーサル中だったのかな?
一旦裏に行ったので、もう少しブラブラと…
でも、ブラブラしていたら、どこからか遥奈さんの歌声が!!
早歩きでリハーサル中の遥奈さんの、前の席ゲッツ!!
ちょっと流してる感じがしたけど、
いつ聞いても良い歌声だよな~
と、思いつつリハでも何曲か聞けて良かったな~
早く行くと良い事もあるもんだ~
そして、リハ終わった瞬間
ダイソーへ急いで行って、サインを貰おうと、色紙を買いに行ったが…
寿と書いてある色紙か、ベースボールと書いてある丸型の色紙が…
だめだぁ~何が寿だ~結婚でもするんかぁ~い!
何が野球だぁ~全然関係ない~!
その間も、ホワイトボードじゃ消えてしまうし、
じゃあ、今着てる服の背中に…でも、それはやりすぎか…
そんなこんなで、サインを諦めたが、何とかしてライブ後にCD売っている場所に行く口実を考えながら
30分前には、一番前の席へ着席!
そして、良いもの発見!!
遥奈さんのライブ情報があるであろう紙を発見!!
これは使えるとのことで、ひとまず落ち着けた
そして、時間がきた…
遥奈さんがステージ上へ
鍵盤を弾き始めた
何だろう…聞いていると無意識に体に力が入るんだよな~
何度か聞きながらも体をほぐし~の…気が散ってるなぁ…と思いながら
他にも問題が…ずっと遥奈さんが歌っているのを見てるんだが…一点を見過ぎて
視界に遥奈さんの顔しか無い…
たまに視線を逸らしたりしたものの、何度も同じ状態になり
ちゃんと聞かなきゃと思い、聞いた歌詞を自分の中で、言ってみたりした
でも、なんかいつもそうだけど、一生懸命歌う遥奈さんに見入ってしまうんだよな~
なんか吸い込まれる感があるんだ
彼女は吸引力が落ちないダイソンより、ある意味吸引力を持っている気がする(笑)
ライブ中、人によっては録音してる人もいたし、写真を撮ってる人も中には居たけど
ライブ中は、俺はそういうの嫌なんだよね~
歌い手って今、目の間に居るオーディエンスに歌を届けようと、一生懸命歌っているんじゃないのかな?
だから、今という時間を大切にしたい!
どんなに録音をしても、どんなに写真を撮っても
今というこの時間は、今しかないのだから!
だから、歌い手のその歌を伝えようとする気持ちを、真正面から受け止めるのが
俺なりの歌の聴き方
録音や写真に気を取られるのではなく
今の、この会場の雰囲気、演奏、MCは今だけのものだから
今を楽しもうよ~!
そして、それを余すことなく脳裏に刻みたい
記憶はいつか消えてしまうけど、
ジェロの名前を噛んだのも、今しか聞けないと思うから(笑)
でも、きっと忘れないから!
ところで、いつも思うんだが遥奈さんの好きな歌手って渋くない?
本当に高校生?って思うことがある
でも、好きな歌手は人それぞれだからね
ライブ終了して、何人かの人がCDを買いに席を立った
俺は人数が減るの待って、列に並んだ
そして、俺の番!!
口実に紙貰いいの、「深海彼女」のCDを再販してもらうよう直談判!!
結果…色々あるみたい…難しいみたい
でも、何人かに同じような事を言われたらしい
頑張れ!遥奈!頑張れマネージャー!!
CDの再販を、首を長くして待ってます!
そして、記念に写真を撮ってもらいました
ライブ自体は頭の中に記憶とした刻んで、写真でライブに来た記録として残ればと思い
前回から可能であれば、撮ってもらう事にした
写真撮るのも、ちゃんと了解貰わないと、何か嫌なんだよね~
そして、名残惜しいけどその場を去りました
その後、ブラブラしたとき屋上への道を見つけたので
屋上へ!
浜松市の景色を一望出来た気がする
鉄塔と、緑と、町並みと、
写真を何枚か撮った
そろそろ帰ろうと思い来た道へ…
忘れた…入り口が多くて、どこから来たのか分からない…
迷ったあげく、どこでも入ればここから出れるだろうと思い
入り口に入り、もう帰っただろうと思いながらライブ会場を見たら
まだ、遥奈さんが居た!?
ビックリして会釈して、外に出ようとしたら
暑過ぎて出戻り、ドリンクを買いに店内へ
帰る時また遥奈さんに遭遇!?
「頑張って下さい!」と一言言って
また、スマホのナビ便りに浜北駅へ!
浜北駅に着いた時、ナイスタイミングで、目の前の車に助手席でマスクをしている女性を発見!!
あっ!!と思ったけど、ここで声掛けに行ったら気持ち悪い人になりそうなので、
そそくさ切符を買いに駅に行き、また実家の静岡へ帰りましたとさ
ちゃんちゃん
そして、ライブ前に声を掛けて下さった、yu2さん…ごめんなさい
俺、実は極度の人見知りなんです…
人と目を見て話すのも苦手で…
ホントに申し訳ないです!!
それと、ライブ後に遥奈さんのお母さん?に声を掛けて頂きまして
いつかお礼を言いたくてって、いつも遠くからわざわざありがとうございますって。
急過ぎてビックリして、何て返したか分らないけれど
「俺は遥奈さんの歌が聞きたくて、俺が勝手に好きでライブに来てるだけだから、気にしなくても良いですよ!」
と言いたかった…言えなかったけど
ようは、登山家が「そこに山があるから昇るのであり」
俺は「そこに遥奈さんの歌があるから聞きに行くのです!」
単純に自分の思った事に正直に生きようと思っているだけ
やりたければやる!やりたくなくてもやらなければいけないのであればやる!
とりあえずやってみる!そして失敗したならまたやり直せば良いではないか!
「失敗は成功のための1ステップに過ぎないのだから」byゆういち
なんてね