こんばんは

まだまだ暑さが続きますね
目眩もなく天気もよかったので
郵便局にいくがてらコンビニで
卵サンドイッチを買いました

たかがそんなこと、、と思うかもしれませんが
3年前はそれすらできませんでした。
今日の晩御飯はサッパリラーメンサラダ

すりごまとマヨネーズ、
ゴマ油をまぜて茹でて冷やした麺にかけました
美味しかったです

食べ物の話しばかりですね!(笑)
でも秋はやっぱりご飯が美味い
では、前回のつづきです。
初めてのパニックを経験した翌日から
1つ私の人生で変わってしまったことがあります。
それは「目眩」です。
脚がフワフワして
頭がフワフワして
歩いてると宙に浮いているような
浮動性目眩。
あれからというもの…………
自分の症状をネットで調べ漁りました。
(脳梗塞)
必ずこれがまずヒットし、
不安に不安が重なりました。
すぐに脳神経外科を受診し、検査をしましたが
「前庭神経炎」と診断されました
(前庭という場所になんらかの菌が入り込み目眩をおこす病気)
メチコバールを処方され様子をみることに。
(メチコバールとは、ビタミン剤です)
けれども、毎晩襲うパニック
毎晩襲う死への恐怖は変わらず
眠るのさえ怖くなり
市販の睡眠導入剤に頼ってみても
まったく効かず
主人に背中をさすってもらいながら
毎晩毎晩泣いて疲れて1時間程ねむればいいほうでした。
とうぜん、家族や友人からは
いつもと全く別人の様になった私に
精神科への受診をすすめてきましたが
それだけは絶対イヤだと
どこかで拒む私がいて、、、
この件には理由があり、長くなるので次回書きます。
当時娘は幼稚園年長
息子は年少
昼間は育児に家事。
目眩は恐怖と隣り合わせです。
その恐怖とは
(いつ倒れるかわからない)
その怖さです。
いくらメチコバールを飲んでも飲んでも
目眩はよくなりませんでした。
そのうち、目眩にいいといわれる
命の母ホワイトを買って飲んでみたこともあります

もともとフットワークの軽かった私ですが
目眩はわたしを外出から遠ざけました。
なにもしたくない。
大好きなゲームも。
だってゲームしても明日死ぬかもしれないし。
レベルあげても無駄なだけ。
ご飯も食べたくない
だって食べたら生きなきゃならないし。
もうやだ。
こんなに生きるのが辛いなら
死にたい。
そうだな、死ぬほうがいいか。
何が悲しいのかもわからないのに
一日中涙が出て
何が辛いのかもわからないのに
全てが辛くて
毎日毎日背の高いビルを眺めては
「あの高さで飛び降りれば死ねる」
また、その時期は真冬だったので
薄着で公園のベンチにいれば
死ねるかもなど
毎日毎日真剣に死が怖くてそれから逃げる為の死を真剣に考えていたんです。
病気などで、それでも必死に生きている人に本当に申し訳ないです
そんな時でした。
私の作った晩御飯を夫や子供達が
美味しい美味しいと食べてるのを見て
ふと、、
涙がポロポロとでてきました。
「こんなに幼い子供を残して私は自殺を?」
馬鹿なのかな?私は。
突然泣き出した私に家族は
情けない話ですが
もう慣れっこという感じでしたが
息子はティッシュで涙をふきながら
「ママは泣き虫だなぁ」と
娘は「ママ泣かないでと」ハグを。
主人は
「大丈夫だよ」と笑顔で。
とてもあたたかい気持ちと
情けない気持ち。
原因が分からない悲しみつらさへの不安。
けれど、わたしはやっぱり
生きていかなければならない。
大丈夫。家族がいるから。
私は決意しました。
精神科を受診しようと。
読んでくださりありがとうございます
すっかり4時だ、、
寝ます



ぽんぽこ