声を整えて本来の自分に戻る

一般社団法人 日本声診断協会 代表理事の

中島由美子です宝石赤
 

私は普段あまり映画館で映画を見ないのですが、先日「プラダを着た悪魔2」の映画を見てきました。そこで、その映画の裏に込められているメッセージを周波数という観点から紐解いてみることにしました。


声診断的考察の記事にするため、ミランダ役のメリル・ストリーブ、アンディ役のアン・ハサウェイの声の波形をとりながら、なぜこの映画が多くの人の心をつかむのか?どんなメッセージが届けられているのかを私なりに書いてみたいと思います。

2006年に公開された映画『プラダを着た悪魔』は、ファッション業界を舞台にしたサクセスストーリーとして、いまなお語り継がれている名作と言われています。公開から約20年が経過した現在でも、その人気は衰えていません。
たとえ何年も観ていなくても、思い出すだけで背筋が伸び、仕事に向かう気持ちがリセットされるような、独特のパワーが感じられます。


そして公開された待望の続編『プラダを着た悪魔2』。
主人公アンディ役のアン・ハサウェイ、ミランダ役のメリル・ストリープをはじめ、主要キャストの再集結が実現したこの作品は、今、ものすごいスピードで大ヒットを記録し、世界中の人々の心をつかんでいます。
映画というひとつのランウェイに再び勢ぞろいした俳優たちの姿を見て、一作目の「あの頃のまま」だと感じました。
あの音楽が鳴り出す前から、スクリーンに映る街の光やヒールの音で、
一作目の記憶がよみがえってきました。
華やかで楽しく、おしゃれで胸が躍る・・・一言でいえばそんな風にまとめられますが、でも、それだけじゃないようなメッセージがあるから、この映画がこれほどまでに話題になり、私たちの心を捉えて離さないのだろうと思いました。

■なぜ今、続編が必要だったのか──「地位・権威」から「愛」の時代へ

そもそも、一作目で完璧な完結を迎えていたはずのこの映画に、なぜ20年越しの続編が必要だったのでしょうか?
それは、私たちが今、時代の大きな「転換期」を生きているから、急遽メッセージという形で続編を制作したのではないかと思います。
20年前の一作目のときは、圧倒的な権威やステータス、高級ブランド、地位、名誉というものが絶対的な力を持っていた時代背景がありました。多くの人が憧れの職業やブランドという「正解」を求めていたような時代でした。その時代は、成功=ハイブランドといった見えない法則もあったように思います。


しかし今では、ファッション誌の在り方も、私たちが大切にする価値観も大きく変わってきました。SNSの台頭、AIの進化。「大きな権威」や「世間の正解」にすがりついていれば生きていける時代はもう終わりを告げているように感じます。
前作の悪魔は「ミランダ」でしたが、今作の悪魔は「時代そのもの」のような気がしました。私たちはかつて、「モノ・地位・権威・名誉」などという承認を追い求め頑張る傾向にありました。


しかし今は、一人ひとりが自分の内面と向き合い、「愛」という価値観へと、完全にシフトする転換期にいると思います。
この新しい時代のメッセージを伝えるために、そして、これまでの時代に身につけてしまった「競争社会を勝ち抜くすべ」「承認欲求」「効率化、法則化」「支配と管理」という古い社会の仕組みや、内面の仮面やトラウマといった重たいものを脱ぎ捨て、新しく変わっていこうとする私たちを力強く後押しするメッセージを、この『プラダを着た悪魔2』は映画の根本に仕掛けてあるように思っています。

■ 「私」から「私たち」へ──メリル・ストリープが変えた歴史的台詞

そこでこの作品が、ただの「かっこいい女性の成功物語」の枠を超え、私たちの魂を揺さぶる理由について考えてみました。そしてそれを紐解くための、とても重要なエピソードを見つけました。
この映画のストーリーは 女性たちの憧れの物語ですが、その原作小説や当初の台本では、ミランダのある台詞にはこう書かれていたそうです。
「誰もが『私(me)』のようになりたがっている」
しかし、ミランダを演じるメリル・ストリープは、この主語を自らの提案で変えたと言われていてそれが多くの観客の共感を呼んだと言われています。


メリル・ストリーブは、セリフのこの部分を 「誰もが『私たち(us)』のようになりたがっている(Everybody wants to be us.)」というように。「私(me)」ではなく「私たち(us)」に変えたのだそうです。
彼女はこのたった一言の変更で、このサクセスストーリーを、「今を懸命に生きるすべての女性たち、働くすべての人たち」の物語へと昇華させ、より伝説的成功に至ったように思いました。
 

スクリーンの中で戦う彼女たちの各シーンが、「特別な誰かではなく。観客の一人一人「私たち」自身が主人公なのだ」ということに気付かせてくれています。
また別のセリフでは、華やかなハイブランドの服が次々と登場し、ファッションの世界の頂点を描くストーリーですが、この映画の後半では、「最高級のブランドを手に入れることが素晴らしい」ということではなく、「あなた自身が、アイコンなんだ」ということを教えてくれます。
ただの女性のサクセスストーリーではなく、この映画のセリフが放つ一言が、人の中に潜在している、成功したい認められたいという欲やエゴを、受容しながら昇華させてくれるメッセージになっているところにカウンセリング要素を秘めた映画作品だと思いました。
 

「時代の価値観はモノや名誉じゃない、愛が大事」という理想論的なメッセージは昨今いろいろなところでいわれていますが、エゴでさえもジャッジするのではなく、見守ることで自然と昇華していくということをこの映画を通して学ばせていただきました。
映画を見た後の心が調う不思議な感覚は、もしかしたらエゴのヒーリング効果なのかもしれないと思いました。

■魂に共鳴する「声の波形」。グリーンとアクアの共感の連鎖

ではなぜこのようなことが可能なのでしょうか?その理由は、セリフという言葉を、頭での理解を超えて細胞レベルで観客に届けているものです。それが俳優陣たちの「声」だと思います。
私はこの映画が爆発的にヒットし続ける理由を深掘りするため、主人公であるミランダとアンディの「声診断」を行いました。結果は非常に興味深く、そして核心を突くものでした。

画像
左ミランダ 右アンディ

二人とも、「アクア」そして「グリーン」という波長が、飛び抜けて出ていました。ミランダに関してはさらにほかの色も全ての色が出ていました。
声の周波数において「アクア」と「グリーン」は、ハート(心)のコミュニケーションを司る色でもあります。
「グリーン」は相手とそっと寄り添う深い愛を、「アクア」は相手を慮り相手のことを相手以上に気持ちを汲み取ることのできる愛です。


ミランダのセリフが氷の刃のように冷たい言葉でも、アンディが時代に翻弄されながらも言葉を紡ぐときも、その声の奥底には、自分たちの愛する世界へのグリーンとアクアの周波数が振動していることが多くの人のハートに届いたのだと思いました。
この二人の声の周波数がスクリーンから放たれるとき、それはストーリーや台詞といった表面的なもの超えて、私たち一人一人の魂の奥深くに直接共鳴していくのだと思いました。頭で理解する前に、細胞レベルで心に振動するという現象です。
この「大きな共感の連鎖」が起きていることも、映画の大ヒットにつながった要因の一つだと思えました。

■苦難の人生が積み重ねた「倍音」というオーラ

では、メリル・ストリープの声、人の魂を震わせる「アクアとグリーン」の声になったのでしょうか?その答えは、彼女が歩んできた「苛烈で苦労の多い人生」そのものにあるのではないかと考察します。
若い頃、オーディションでプロデューサーに容姿を否定された屈辱。ハリウッドが女性俳優に突きつける残酷な年齢差別(エイジズム)。彼女は、その理不尽なシステムから逃げることも、安易に迎合することもありませんでした。
さらに、あの圧倒的なミランダのオーラを作り上げるため、彼女は前作の撮影中、恐ろしいほどの孤独を自ら引き受けていたそうです。


カメラが回っていない時でも共演者と距離を置き、一切の馴れ合いを断ち切ったそうです。
若き俳優たちが外で楽しそうに談笑している声を聞きながら、彼女は一人控え室にこもり、自らの精神を削って、ミランダという氷の像に血を通わせていたというエピソードがあるそうです。
人間の声には「倍音」と呼ばれる無数の音の重なりがあり、声の波形にはその人が生きてきた歴史が年輪のように刻まれます。


そしてミランダ役のメリル・ストリーブが老けない秘密、そして圧倒的なカリスマオーラの正体。
それは表面的なアンチエイジングなどではなく、メリル・ストリープが人生で流してきた涙、唇を噛み締めて立ち上がってきた無数の経験、孤独に耐えた静寂の時間が、すべて声の「倍音」となって発光しているのだと思いました。

■自己受容を促す「イエローとライムグリーン」の魔法

声診断の視点でみてみると、この映画の全体的なテーマは、観る者の「イエロー」と「ライムグリーン」の周波数を調える作用があると思いました。


イエローとライムグリーンは、「個々の存在価値」を大切にし「本来の自分らしさが輝く」、そして自分を作り上げてきた「トラウマや思い込み」をデトックスして、本来の自分に力を与えてくれる周波数です。
「私がありのままの私でいる」ことへの応援」「私たち一人一人がアイコンなのだ」というメッセージ。 これまで私たちが必死に被ってきた「完璧な自分」「成功しなければならない」という自分を守るための仮面や、過去のトラウマを、この映画は脱ぎ捨てさせてくれる周波数を感じました。
 

ストーリーに入り込むうちに、自然と自己受容できるストーリー。俳優たちの声とセリフ。夢のような映像。それらが三位一体となって私たちはスクリーンを気軽に楽しみながら深く癒されていくという不思議な魅力を感じました。

■ 私にとっての美とは、内なる自分を信じること

映画を観終わったあと、私は私にとっての美とは何だろうと考えていました。美しい服。美しい街。映画を見ていて別世界を堪能できました。
でも、この映画が私に教えてくれた美とは、自分が本当に大切にしているものを、時代が変わっても、永遠に変わらない自分の内側にある存在なのではないかと思いました。


ミランダの美は、妥協しないこと。アンディの美は、自分を偽らないこと。エミリーの美は、傷つきながらも勝ち取った場所で踏ん張ること。ナイジェルの美は、誰にも奪われない目を持ち続けること。信念の美学のようなものを感じました。では、私の美は?
どれだけAIが進化しても、どれだけSNSが速くなっても、心の奥底にある魂から紡いだ言葉や声には、人の魂を動かす力があり、そこに美を感じます。
 

そしてそれを現実の作品として形にしていくこと・・・そんな芸術作品に美を感じ憧れます。
私がこの映画の主役、ミランダ役のメリル・ストリープの生き様やその豊かな声の波形から学ばせていただいたのは、「人生の苦労や経験は、決して自分をすり減らすものではなく、自分という歴史のすべてが『オーラ』になる」ということです。
私たちがこれまで逃げずに向き合ってきたすべての経験は、その経験から学んだ愛の周波数は、私たちの声に「倍音」という厚みや深みを与え、周りの人の心を変容させる力を持つということ、あなたという人間を光り輝かせるオーラの源泉になるということでした。
 

『プラダを着た悪魔2』は、ただの懐かしい映画ではなく、いまの時代の変わり目に、競争から共存共栄、戦いから愛の時代へとシフトしていく私たちに向けて送られた、メッセージとして届けてもらったように思います。
「服=生き方」「本当の美意識」とは何か?
それを映画の後、深堀りすることで、これからどう生きるか?どうありたいか?を改めて自分に問うきっかけをくれたように思います。
 

いったい私は、何を美しいと思って生きていくのか?
自分という「唯一無二のアイコン」に改めて感謝しながらどう丁寧に生きていくのか?
もう一度問い直していきたいと思います。

ぜひ映画館に足を運んでいただけたらと思います。

 

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本日も最後までお読みくださり

ありがとうございましたドキドキ

愛と感謝を込めてブーケ1

 

中島由美子 拝

 

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