最近この言葉を知りました。
自分が過ごした幼少期時代
私はヤングケアラーであったのではないか…
病気の父親を抱え、最後は父親のガーゼ交換や入浴介助、軟膏塗布。作り置きしてある父の食事を温めて提供…
母親は仕事に出掛けているので、仕方のないことだと思っていたけれど、
家族は助け合うべきだと思っていたけど…
それだけじゃなく
夫婦喧嘩の仲裁
いわゆる、両親の精神的安寧のための声かけを意識してしてたんだと思う…
こんなこと言ったらまた暴れる…とか
今はこの話をするべきではない…とか
子供らしく思いのまま自我を表現はできていなかったのかもしれない
幼少期楽しく過ごしたという記憶があまりないのは、そういうことなのかな?