Yuriのブログ

Yuriのブログ

日本では看護師をしていましたが、仕事についていけず退職することに。現在はカナダに滞在し、もう一度看護師にトライするべく勉強中です。

皆さん、こんにちは。
ミドサーで4年ほど前にカナダへCoop留学に来て、今はバンクーバーで暮らしているゆりです。ここで出会ったパートナーのハミくんと、もうすぐカナダで初めての出産を迎えます。

日本での出産でさえ不安なのに、「初めて」しかも「海外」となると、何から手をつけたらいいのか分からず不安が何倍にも膨らみました。
それでも、全体の流れさえ分かっていれば、「次に何が起きるか」が見えてきて、少し心が落ち着きます。

この記事では、私がバンクーバーで実際に経験している「妊娠発覚〜出産直前までの大まかな流れ」を、時系列で紹介します。
不妊治療中の方、高齢出産、妊娠糖尿病、持病がある方などは、この流れにプラスで検査や診察が増えることもありますが、ここでは「大きなトラブルがないケースの標準的な一例」として読んでいただければ嬉しいです。​


妊娠発覚:検査薬とパートナーの本音

出発点は、日本と同じく妊娠検査薬でした。
妊活を始めて、生理が遅れているなと感じたタイミングで、London Drugs や Shoppers などのドラッグストアで検査薬を購入し、自宅で検査しました。

結果は陽性。はっきりと妊娠反応が出ました。

ここで少し、私たちカップルの背景を。
実は「子どもを持つかどうか」について、私とハミくんは意見が分かれていて、妊活を始める前にかなりたくさんの話し合いとすり合わせが必要でした。

私は検査薬の陽性反応を見て素直に嬉しかったのですが、結果を見たハミくんは、まるで絶望したかのような真剣な顔でソファーから動かなくなり、しばらく無言のまま。
他の人の妊娠報告動画には、二人で飛び跳ねて喜んだり涙ぐんだり…というシーンが多いので、「なんでうちは全然嬉しそうじゃないんだろう」と、正直かなり落ち込みました。

後から聞くと、彼なりに「自分がしっかりしないと」「家族を守らなきゃ」というプレッシャーと戦っていたようです。
 

このテーマだけで記事が作れてしまいそうなので、詳しい話はまた別の機会に。
ここからは、妊娠が分かってからの医療的な流れに戻ります。


カナダで妊娠したら最初にすること:病院とLifelab

妊娠検査薬で陽性が出たら、次は医療機関探しです。

  • すでにファミリードクター(かかりつけ医)がいる人
    → そのドクターに予約を取る

  • いない人
    → ウォークインクリニックを受診してもOK

どちらに行っても、最初に言われることはほぼ同じで、
「血液検査と尿検査に行ってきてください」という指示です。​

ここで日本と大きく違うのが、検査の場所
カナダでは、診察したクリニック内で血液や尿の検査を行うのではなく、Lifelab という検査専門の機関に自分で行く必要があります。

流れとしては、

  1. ドクターが血液・尿検査をオーダー

  2. 自分で Lifelab に予約を入れて行く

  3. 検査結果はドクターに直接送られる

という形です。

BC州では、妊娠に関する診察やLifelabでの検査は、基本的にMSP(公的医療保険)でカバーされるため、自己負担はありません。

私もFamily Doctorを通して検査オーダーを出してもらい、Lifelabで血液・尿検査を受け、正式に妊娠が確認されました。
その後、妊娠8〜12週の間で初回のウルトラサウンド(エコー)を予約してねと言われます。

このエコーも自分で予約。
私は11週で受け、初めて赤ちゃんの心音を聞くという感動の瞬間を経験しました。エコー写真ももらえます。

このエコーの情報はドクターに送られ、

胎児の大きさから、正確な妊娠週数と出産予定日が告げられます。


出生前診断の選択:SIPSとNIPT

初回エコーが終わる頃、カナダでは**出生前診断(Prenatal Screening)**についての説明があります。
受けるかどうかは自分たちで決めますが、選択肢は大きく2つ。

  • SIPS(Serum Integrated Prenatal Screening):政府提供で無料

  • NIPT(Non-Invasive Prenatal Testing):民間の検査で有料(約550〜745ドル)​

SIPS(無料のスクリーニング)

  • 妊娠9〜13週:1回目の採血

  • 妊娠15〜20週:2回目の採血

  • 2回目から約10日後に結果

  • 正確性はおよそ80%

もしSIPSで陽性と判断された場合には、紹介状を持ってNIPTを無料で受けることができます。

NIPT(有料だが高精度)

一方NIPTは、

  • 妊娠9〜10週以降から受けられる

  • 採血は1回で終了

  • 正確性は約99%

  • 結果は10日前後

といった特徴があります。​

SIPSは無料ですが、結果が分かるのは早くても妊娠4か月ごろ。
結果次第では妊娠継続について悩む可能性もあり、カナダでは日本のような「中絶可能な週数がきっちり決まっている」形ではないものの、精神的な負担は大きいと感じました。​

私たちは「高齢出産」ということもあり、できるだけ早く結果を知っておきたかったので、13週でNIPTを自費で受けることにしました。


15〜22週:産科クリニック、2回目エコー、そしてミッドワイフへ

15週の診察では、

  • NIPTの結果

  • 産科クリニックへの紹介状

  • 妊娠18〜22週の間に行う2回目エコーの予約案内

を受けました。

初めて産科クリニックで診察を受けたのは18週、妊娠4か月を少し過ぎた頃。
このとき、妊娠に関する説明資料をひととおりもらい、カナダの出産のシステムも少しずつ見えてきます。

産科での診察は、だいたいどこもこんな感じです。

  • 血圧・体重測定

  • 問診

  • 子宮底長の測定

  • 赤ちゃんの心音チェック

心音に異常がある、子宮底長が基準と大きく違うなどがあれば、赤ちゃんの大きさや羊水量を確認するため、追加のエコーが入る場合もあります。​

ドクター診察からミッドワイフへ切り替えた理由

私が通っていた産科クリニックは、担当ドクターが毎回違うシステムでした。
診察自体は5〜10分程度でサクッと終わります。

複数のドクターに見てもらえる安心感もある一方、毎回自己紹介から始めて自分の不安を伝えるのが、個人的にはだんだん負担になってきました。

そこで途中から、ミッドワイフ(助産師)にケアを切り替えることにしました。
同じミッドワイフさんに毎回診てもらえること、じっくり話を聞いてもらえることが、私にはすごく合っていました。​

診察内容はドクターとほぼ同じですが、診察時間を少し長めに取ってくれたり、質問しやすい雰囲気だったり、関係がより近い印象です。


18〜22週:40分かけて行う詳細エコー

妊娠18〜22週に行う2回目のウルトラサウンドは、妊娠中で一番しっかりしたチェックです。

  • 所要時間は約40分

  • 胎盤の位置

  • 骨の長さ

  • 指が5本あるか

  • 内臓の状態 など

細かいところまで見てくれます。​

私はNIPTですでに性別を知っていましたが、知らない人はこのタイミングで性別が分かることもあります。
ただし、エコー技師さんは診断や性別を口頭で伝えてはいけない決まりになっているため、その場で「男の子・女の子」とは教えてくれません。知りたい場合は、次の診察でドクターやミッドワイフに確認します。

問題がなければ、この2回目のエコーが妊娠中最後のエコーになることが多いです。
妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病、胎動の減少などがあれば、その都度追加のエコーが行われます。

私は37週で「もしかしたら逆子かも?」と言われ、3回目のエコーを受けましたが、結果はちゃんと頭が下になっていて一安心でした。


24〜28週:妊娠糖尿病のグルコーステスト

妊娠24〜28週ごろには、**妊娠糖尿病のスクリーニング検査(グルコーステスト)**を受けるように案内されます。​

妊娠中はホルモンの影響でインスリンが効きにくくなり、血糖値が上がりやすくなるため、妊娠糖尿病になる人も少なくありません。

最初の検査では、

  • 糖分50gの甘いグルコースドリンクを飲む

  • 1時間待合室で待機

  • その後採血し、血糖値の上がり方を確認

という流れです。

ここで基準値を超えると、2回目の詳細なグルコーステストへ。

  • 8時間以上絶食

  • 75gのブドウ糖を飲む

  • 空腹時・1時間後・2時間後に採血

この検査でも基準値を超えた場合、妊娠糖尿病と診断され、食事療法や運動指導が始まります。​

私は26週で1回目のグルコーステストを無事パスしたものの、そのときの血液検査で重度の貧血が見つかりました。
そこからは出産まで鉄剤の補給を続け、応急的に鉄分の点滴(IV)も受けることになり、今も毎月1回Lifelabで採血をしています。


27〜32週:Tdapワクチン(百日咳・ジフテリア・破傷風)

妊娠27〜32週ごろになると、**Tdap(3種混合ワクチン)**の接種をすすめられます。​

これは、赤ちゃんがまだワクチンを打てない生後数か月の間に、百日咳・ジフテリア・破傷風を防ぐことを目的としたワクチンです。

日本ではまだTdapが未承認であることもあり、正直悩みましたが、MSPでカバーされていること、過去の実績やエビデンスも集まっていると説明を受け、私は接種することにしました。​

32〜36週:RSVワクチン

32〜36週ごろには、RSVワクチンについても案内されます。
RSVは乳児の呼吸器感染の大きな原因で、母体がワクチンを受けることで、赤ちゃんに抗体を渡し、重症化をある程度防ぐことが期待されています。​

ただし、

  • 比較的新しいワクチンであること

  • MSPではカバーされないこと 

  • 自費でおよそ260カナダドル

などを聞き、私は今回は見送る判断をしました。

時期によっては、インフルエンザワクチンや新型コロナワクチンは、希望すれば無料で受けることができます。​


36〜37週:GBS検査

妊娠終盤、36〜37週ごろに受けるのが**GBS検査(B群溶血性連鎖球菌)**です。​

GBSは、

  • 皮膚・膣・腸内にいる常在菌

  • 10〜15%の人が保菌している

  • ふだんは症状もなく、害もない

という菌ですが、新生児が感染すると、髄膜炎や敗血症といった重い感染症を起こすことが知られています。​

カナダでは、

  • 検査キットを渡される

  • 自分で膣と直腸を綿棒でこする(自己採取)

  • その検体をLifelabに持っていく

というスタイルでした。
日本だと健診のときに医師が行うことが多いので、「自分でやるんだ!」と少し驚きました。

結果が陽性の場合は、分娩時に抗生物質を投与し、赤ちゃんの早期発症感染(肺炎・敗血症など)を予防します。​


36週以降:毎週の診察と、37週からの準備

36週を過ぎると、診察は毎週1回になります。
赤ちゃんの位置、子宮底長、心音などを確認しながら、陣痛が来るのを待つ時期です。​

37週以降は「正期産」と呼ばれ、いつ産まれてもいい状態。
このタイミングで、母乳育児にスムーズに移行できるよう、胸のマッサージをするように指導されました。

マッサージ中に、少し黄色がかったトロっとした初乳が出てきたら、それをシリンジで採取して冷凍しておき、入院時に持参すると良いと説明を受けました。
そのためのシリンジも支給されます。


おわりに:英語が苦手でも、流れを知れば少し安心できる

ここまでが、私がバンクーバーで経験している妊娠発覚から出産直前までの大まかな流れです。

日本と比べると、

  • 検診の頻度や予約方法

  • Lifelabのような検査機関を自分で予約して行くこと

  • ドクターとミッドワイフの選択肢があること

など、戸惑うポイントはたくさんありますが、一度「全体のロードマップ」が見えると、
「今はこのステップだから、次はあの検査だな」「この週数でこういう説明があるんだな」と心構えができるようになります。

特に英語が得意ではない人ほど、事前に流れを押さえておくことが、英語理解の助けにもなると感じました。

これから海外で出産を迎える方にとって、少しでも不安が軽くなるヒントになれば嬉しいです。
皆さんの出産が、安全で、なるべく穏やかな体験になりますようにニコニコ

 

 

 

 

妊娠10週。

朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。
目を開けると同時に、あの波がやって来た。
喉の奥から、ゆっくりこみ上げてくる吐き気。

「……今日から、仕事か」

枕元に置いてある、小さなオレンジ色のピルボトルを手に取る。
Doxylamine。吐き気止めにも使われる抗ヒスタミン薬。
ラベルをぼんやり眺めてから、一錠を指先でつまみ、飲み込んだ。​

効いてくれますように。
祈りに近い気持ちで、私はゆっくりベッドから起き上がった。

 

病院のトイレの鏡に映る自分の顔は、思ったより普通だった。

「つわりで死にそうな人の顔には、見えないな」

鏡越しに、苦笑する。
胸の奥がむかむかしているのを、ぐっと飲み込んで、ナースステーションへ向かった。​

 

勤務が始まると、あれほど家では常に波のように押し寄せていた吐き気が、少しだけ後ろに下がってくれた。

モニターを見る。
バイタルを取る。
患者さんと会話をする。

やるべきことを一つ一つこなしていくうちに、頭の中が「仕事モード」に切り替わっていく。
交感神経がオンになる、というやつなのだろう。
体はしんどいのに、不思議とトイレに駆け込んで吐くことはなかった。​

「意外と、いけるかもしれない」

ほんの少し、希望のようなものが胸に灯った。

けれど、その小さな火は、家に帰るころには簡単に吹き消されることになる。

帰宅後の反動。

玄関のドアを閉めた瞬間、何かのスイッチがオフになる。

どっと全身に、重力がのしかかる。
脱ぎ散らかした靴のそばに、そのまま崩れ落ちてしまいそうになるのを、壁に手をついてこらえた。

「ただいま……」

かろうじてそれだけ言って、私はベッドへと向かう。
カバンも制服も、その辺に置きっぱなし。
横になった瞬間、昼間どこかに隠れていた吐き気たちが、一斉に戻ってきた。

薬は、もうまったくもって効かない。
何か食べようとしても、スプーンを口元まで運ぶ前に、胃が「やめて」と悲鳴をあげる。
結局、ほとんど何も食べられないまま、天井を見つめている時間の方が長くなる。​

「仕事、しんどいな」
「でも、時間が早く進んでくれるのは嬉しいな」

矛盾した気持ちを抱えたまま、私はぼんやりと考える。
家でひたすら気持ち悪さと向き合っている時間の方が、精神的にはよほどつらい。
多少しんどくても、緊張で症状が紛れ、終わったあとには「今日もやり切った」という感覚が残る仕事の方が、今の私にはまだマシだった。​
「早く、時間よ進め」

その願いだけが、日に日に強くなっていった。

本当のピークは、ここからだった

「今がピークだな」

10週に入った頃の私は、本気でそう思っていた。
毎日が限界ギリギリに見えていた。

でも、未来の私は知っている。
その時点では、まだ余裕があったのだと。

10週以降、つわりはもう一段ギアを上げてきた。
11週、12週、13週、14週と進むにつれ、じわじわと、でも確実に、体調は悪い方向へと傾いていった。

 

仕事の日のお弁当は、いつの間にかワンパターンになっていた。

カップラーメン。

お湯を注いで、数分待って、麺をすする。
暖かくて、するっと入ってくれる。

同僚たちは、私の事情を何も知らない。
妊娠していることも、つわりでほとんど食べられないことも。

「またラーメン?」
笑いながらそう言う誰かの声を聞きながら、私は「そう、ラーメン好きなんだ」と笑ってごまかした。

実際、ラーメンは嫌いではない。
むしろ好きな方だ。
特にこの時期のカップラーメンは、私のLifesaverだった。感謝してもしきれない。

これからも仲良くさせて頂く。

 

11週。

11週に入って、ようやくエコー検査の予約が取れた。
ベッドに仰向けに寝転び、お腹を出す。
ひやっとしたジェルが塗られ、プローブがそっと滑る。

白と黒の世界がモニターに浮かび上がる。
最初は何が何だか分からない。
でも、画面の一角で、小さくトクトクと動くものが見えた。

「ここね。心拍、ちゃんと出てるよ」

検査技師さんの指先が、その部分を指し示す。

――本当に、いる。

胸の奥がじわっと熱くなった。
今まで、頭では分かっていたはずの「妊娠」という事実が、ようやく心と身体でつながった瞬間だった。​

「お腹に君は、本当にいたんだね」


つわりのしんどさは変わっていない。
でも、「ここまで耐えてきた意味」が、少しだけはっきりした気がした。

妊娠16週。

どれくらいの時間が経ったのか、自分でもよく分からない。
毎日が似たような痛みと気持ち悪さで塗りつぶされていくうちに、カレンダーの感覚はどんどん薄れていった。

それでも、いつの間にか「16週」という数字を迎え、

徐々にではあるが、あの重く湿った吐き気がおさまっていくのを感じていた。
少し胸がむかっとするものの、「今すぐ吐きそう」というレベルではない。


あの、24時間船酔い状態の地獄の日々から、少しずつ抜け出せている。
出口の見えなかったトンネルの先に、小さな光が見えた気がした。​

 

「望んだ妊娠だから」

妊娠について話していると、よくこんな言葉を耳にする。

「この歳で授かれただけでも、感謝しなきゃね」
「妊娠は自分が望んだことでしょ?」

どちらも真実だ。
私自身、この歳で妊娠できたことには、心から感謝している。

でも、その言葉が前提になってしまうと、ときどき苦しくなる。

「望んだことなんだから、しんどくても文句言っちゃいけない」
「つらいって言ったら、贅沢だと思われるかもしれない」

そんな気がして、「助けて」と言いづらくなる。

だから、制度として「つわり休暇」のようなものが、生理休暇や病気休暇と同じレベルで認められる日が来たらいいな、と心から思う。

しんどいときは、休んでいい

24時間船酔いみたいなつわりに巻き込まれて、ただ生き延びるだけで精一杯の日々。

もし、今この文章を、同じようにベッドの上でスマホを握りしめながら読んでいる人がいるなら、伝えたいことがある。

しんどいときは、無理しなくていい。
ご飯が作れなくても、洗い物がたまっていても、返信できていないLINEがあっても、「今は無理」と割り切っていい。
生き延びるだけで、十分すぎるくらい頑張っている。​

子どもを、お腹の中で大切に育てている。

頼れる人がいるなら、遠慮せず頼ってほしい。
頼れる制度があるなら、迷わず使ってほしい。

妊娠は、幸せと不安と苦しみが同居する、とても不思議で、複雑な時間だ。
嬉しいのに泣きたくなる日もあるし、感謝しているのに、「もう嫌だ」と叫びたくなる夜もある。

それでも、どんな形であれ、この時間は必ず「終わり」が来る。
終わりが見えないように感じても、少しずつ、少しずつ、身体は前に進んでいる。

 

今日も、生き延びた自分を、ちゃんと褒めてあげてほしい。
そして、いつか振り返ったときに、
「あの頃の自分、よく頑張ってたな」と、一緒に笑えますように。

 

 

洗濯が終わり、いつものように、私は無意識のまま蓋を開け、濡れた洗濯物を乾燥機へと移していく。
「よし、終わり」
そうつぶやいて、喉が渇いていたことに気づいた私は、そのままキッチンに向かい、コップに水を入れ、ぐいっと飲んだ。​

――その瞬間だった。

口いっぱいに、「洗剤」を舐めたような、ありえない苦さが広がった。
「えっ、なにこれ」
思わず吐き出しそうになりながら、私は慌ててシンクに向かい、水をがぶがぶ飲んで、何度も何度も口をゆすいだ。

「やば、手洗うの忘れてたから洗剤を舐めたのかな…」
自分のうっかりを笑い飛ばそうとしたけれど、苦みは一向に引いてくれない。
口の中だけじゃない。
さっきまで舌の上にいたはずのその苦さが、ゆっくりと、でも確実に喉を、食道を、胃のあたりへと降りていく感覚があった。​

その夜、私は妙な違和感を抱えたままベッドに入った。
胸のあたりがざわざわする。
寝返りを打つたびに、胃の中身がゆっくり揺さぶられているような気がした。

翌朝、目を開けた瞬間、世界がぐらりと揺れた気がした。
「……気持ち悪い」
喉の奥から、波のような吐き気がこみ上げてくる。
空腹なのに、何も口に入れる前から、もう船酔いのような吐き気でいっぱいだった。​

 

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私はアラフォーでカナダにCoop留学を決め、そのまま公立カレッジに進学して看護師の免許を取り、やっとカナダの病院で働き始めたばかりの新人ナースだ。
そんな私の身体の中に、新しい命がいると分かったのは、つい最近のことだった。

妊娠が分かったとき、最初に浮かんだのは「ありがとう」という気持ちだった。
この歳で授かれたことは、決して当たり前ではない。

だからこそ、「妊娠=ずっと幸せでキラキラした日々」になるんだろうと、どこかで信じていたのかもしれない。
少なくとも、こんなふうに「生き延びるだけ」で精一杯の毎日になるなんて、あのときの私は、まだ何も知らなかった。​

妊娠6週。

あの日から、私の世界は一変した。

お腹が空いても、気持ち悪い。
何かを食べても、やっぱり気持ち悪い。
「お腹が空くと気持ち悪くて、食べると楽になる」なんて、どこかで聞いたことのある“つわりのテンプレート”は、私には一切当てはまらなかった。​

ソファに座っていても、ベッドに横になっていても、身体のどこにも落ち着く場所がない。
頭の中は常に霞がかかったみたいにぼんやりして、好きだった本も、動画も、頭に入ってこない。
ちょっと立ち上がってキッチンに行くだけで、「はぁ」と息が上がる。

「なんでこんなにしんどいの…?」
頭では「つわりだから」と分かっているのに、心のどこかで現実を受け入れきれない自分がいた。

そんな中で、ハミくん(パートナー)は私が食べられそうなものを考えながら、いろんな食材を調達してくれた。
「今日はスープにしようか」
「これならどう?」
その一言一言に、私は何度も救われた。

妊娠7週。

7週に入るころには、外に出ることはほとんど諦めていた。

少しでも動けば、すぐに吐き気が背中を這い上がってくる。
洗濯物をたたむ、食器をシンクに運ぶ、そんな“当たり前”にやっていた動作ひとつひとつが、今の私には「大仕事」だった。

ベッドに横たわって、天井を見つめる時間が増えた。
寝ても楽にはならない。
ただ、「今はこれ以上何もできない」という現実を認めて、目を閉じるしかなかった。​

看護師なのでなぜつわりがあるのか、妊娠悪阻という診断名だって知っている。

でも、あれは全部、「誰かのつわり」だった。
ドラマでよく見る、ご飯の炊ける匂いを嗅いで「うっ…」と口を押さえる、あのワンシーン。
恥ずかしながら、私はどこかで「つわりって、あれぐらいの感じなんだろうな」と思っていた。

今まで出会った妊婦さんたちの多くは、確かにしんどそうではあったけれど、それでも仕事を続けていた。
だから、私の中には「大変だけど、きっと働けるくらいなんだろう」という勝手なイメージがこびりついていたのだと思う。

 

歯磨きタイムは、一日の中で最も憂うつな時間になった。

鏡の前に立って歯ブラシを口に入れる。
前歯をシュッ、シュッと二往復ほど磨いたあたりで、喉の奥がぎゅっと縮む。
「おえっ……」
たった一本磨くだけで、えずく。

今まで何気なくやってきたことが、突然「罰ゲーム」に変わってしまったようだった。
パソコンやスマホの画面を見ていても、すぐに目の奥がぐらぐらして、気持ち悪くなる。
世界から色が抜けていくみたいに、楽しみだったものがどんどん遠ざかっていく感覚があった。​

妊娠8週。

8週に入ったある日、私は自分の胃のあたりを押さえながら、ふと不思議なイメージを抱いた。

――小人がいる。

透明なキシリトールのジェルのようなものを持った小人たちが、私の胃の中をちょこちょこと歩き回りながら、胃壁にそれを塗りつけている。
 

カナダでは、初回のエコーは8週以降から予約できる。
この頃の私は、まだ一度もエコーを見ていなかった。
心拍が確認できていないという事実は、思っている以上に心の負担になっていたのかもしれない。

「お腹の中に、本当に子どもはいるんだろうか」
「ちゃんと、生きてくれているんだろうか」

高齢出産。
頭の片隅にはいつも、「流産の可能性」が巡っていた。
 

ネットで「つわり ピーク」と検索してみる。
画面には、「8〜10週がピーク」「12週ごろまで続きます」という文字が並んでいる。

「え、これよりひどくなるの?」
ベッドの上でスマホを持つ手が震えた。
あと4週間。この状態のまま、いや、もっとひどくなりながら、4週間。
遠くの方で誰かが「地獄の入り口へようこそ」と笑った気がした。​

 

つわりが進むにつれて、「私の味方でいてくれる食べ物」はどんどん減っていった。

お肉はどうだろう。
勇気を出して一口、二口と食べてみる。
その瞬間は「いけるかも」と思うのに、数時間後には、胃が鉛の塊になったみたいに重くなり、悶絶するほどの胃もたれに襲われる。​

「フライドポテトが意外といける」という情報をどこかで見かけて、「たしかに食べたいかも」と思って試してみたこともある。
揚げたてのポテトを口に運ぶ。
サクッとした食感、ほくほくのじゃがいも、塩気。
一瞬だけ幸せがよぎる。

でも、その後だ。
じゃがいもは胃の中に居座ったまま、出ていく気配を見せない。
オイルは食道に貼りついて、じっとりとした気持ち悪さだけを残した。
 

それでも、まだマシだと感じられたのは、スープやお粥、麺類、お茶漬け、アイス、カリカリ梅や梅干し、ガム。
どれも、胃の負担が少ないものばかりだった。

私はもともと、胃は強い方だと思っていた。
多少無茶をしても、胃もたれとはほとんど無縁の人生だった。
だからこそ、「胃がちゃんと動いてくれない」という状態が、こんなにも苦しいものなのかと、初めて思い知らされた。​

 

「今日も生き延びた」
1日の終わりに、私はそうつぶやくようになっていた。
あれもできない、これもできない、と出来なかったことを数え始めたら、簡単に心が折れてしまう。
だからせめて、「生き延びた自分」を褒めることにした。

妊娠9週。

9週目に入ったころ、私はついに限界を感じていた。

このままでは、本当に仕事が始まったときに耐えられないかもしれない。
そう思って、Dr.に相談し、吐き気止めとしても使われる抗ヒスタミン薬「Doxylamine」を処方してもらうことになった。​

 

薬をもらいに薬局へ行く日。

薬局までの道のりは、以前ならほんの数分のはずなのに、やけに長く感じられた。
一歩歩くごとに、胃の中の何かが上下に揺れる。
「あと少し、あと少し」と、自分に言い聞かせながら、ゆっくりと歩いた。

カウンターにたどり着き、私は息を整えながら言った。
「処方箋を受け取りに来たんですけど…」

すると、カウンターの向こうの人は、少し眉をひそめてこう言った。
「どういう意味?」

一瞬、時間が止まった気がした。

(え? 薬局に来る理由って、処方箋を受け取る以外に何があるの?)

心の中では、そうツッコミを入れていた。
でも、口からは何も出てこなかった。
しんどすぎて、言い返す気力が、どこにも残っていなかった。

隣にいてくれたハミくんが代わりに口を開く。
「医者が処方箋を送っていると思うので、確認してもらえますか?」

少し強めの声。
その言葉を聞いて、ようやく相手は「ああ、そういうことね」と理解したように頷いた。
「具合が悪い人が来る場所」で、あの態度か――胸の奥で何かがぽきっと音を立てて折れた気がした。​

 

薬局を出て、またゆっくり歩き始める。
私の歩くペースは、いつもよりずっと遅かった。
そのせいで、後ろから来た人に「Excuse me.」と、苛立った声で言われてしまう。

振り向くと、その人は何事もなかったかのように私を追い抜いていった。
私の顔には、たぶん何の不調も書かれていない。
ただの「普通の人」にしか見えないのだろう。

「誰にも、分からないよなぁ」
心の中で、ぽつりとそうつぶやいた。

 

処方された薬は、「ないよりはマシかな?」という程度の効き目だった。
でもそれでも、私はそれにすがるようにして、毎日飲み続けた。
プラセボでもいい。
「これを飲めば、少しはマシになる」と信じられる何かがほしかった。

お風呂に入る余裕も、ほとんどない。
「来週から、本当に仕事に行けるのかな」
そんな不安だけが大きく膨らんでいった。​

 

(後編へ続く…)

 

 

ミドサーでカナダにCoop留学を決め、その後カレッジに進学して看護師の免許を取ったゆりです。

今年5月、産休代替として1年契約の病棟看護師としてなんとか採用され、6月中にオリエンテーションを終え、7月から独り立ちしました。そして先日、無事に正社員として採用されました。

 

…なのですが、この度、職場を離れることにしました。
理由は、ずっと望んでいた子どもを授かることができたからです。

 

正直、もう少し若ければ、仕事をしっかり覚えてから妊活して、産休に入りたかったという気持ちもあります。
私は日本での看護師経験がほぼないので、このまま休むと、また復帰したときに振り出しに戻るだろうなとも思っています。

でも同時に、キャリアは40歳からでも積めるけれど、妊娠・出産はアラフォーの私にとって「今しかできないこと」
だからこそ、今は子どもの方を優先したいと考えるようになりました。

想像を超えた妊娠期間のつらさ

妊娠期間の症状は人それぞれだと思いますが、私にとって妊娠は、想像を遥かに超えるほど過酷なものでした。
「授かれてハッピー!」な毎日…という感じでは全くなかったです。

授かるまでが大変なのはもちろんですが、お腹の中で育てることも同じくらい大変なのだと、身をもって知りました。
体験しないと分からないことだらけで、「人の痛みは分からない」という言葉を改めて実感しました。
想像はできても、やっぱり実際に体験してみないと本当の意味では分からないのだなと思いました。

つわりと仕事、支えてくれたパートナー

私の場合、仕事を始めた頃につわりが始まりました。
仕事以外はほぼ何もできない状態で、ずっとベッドで寝たきりの生活。

何もできない自分が情けなくて、ハミくん(パートナー)に謝ってばかりいました。
そんな私に、ハミくんは、
「今は一人の人間をずっと抱えて育てているんだから、それが仕事なんだよ。堂々と休まないと。」
と、ずっと言い続けてくれて、家のことも全部やって支えてくれました。

その存在には、本当に感謝しかありません。

働き続けたかったけれど…

同じ病棟には妊娠している看護師さんもいて、その方は予定日の2〜3週間前まで働いておられました。
私も雇われたばかりだったこともあり、本当はできる限りギリギリまで働きたいと思っていました。

でも、週数を重ねるごとに、とても勤務を続けられる状況ではなくなっていきました。
医師から診断書をもらい、病休に入らせてもらうことに。

マネージャーに伝えるときは、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが、気持ちよく送り出していただきました。

 

病休に入ってからは、夜勤から解放され、規則正しい生活と、いつでも休める環境になりました。
そのおかげで、以前よりは少し体を動かせるようになりました。

特に、貧血がかなり進行していたので、鉄分の点滴を受けてからは、料理をしたり、買い物に行ったり、ベビー用品を検索したりもできるようになりました。
直前まで何も準備ができず、「今生まれたらどうしよう」と不安だったのですが、ようやくお産に向けての準備が整いつつあります。

カナダで妊娠予定の方へ

カナダで妊娠を予定している方には、あらかじめFamily Doctor(かかりつけ医)を見つけておくことをおすすめします。

Family Doctorがいなくても、Walk-in Clinicで診てもらうことはできます。
でも、Family Doctorがいれば、そのDrが妊娠の経過を継続して追ってくれて、産科クリニックへとつないでくれます。​

産科クリニックでは、

  • 妊娠中の食事

  • 緊急時の連絡先

  • お産の流れ

  • 入院バッグの中身

  • 産後の授乳
    などについて、すべてパンフレットが配られます。

読むだけでは不安な場合は、実際に練習できるクラスもたくさんあります。
基本的には、その流れに身を任せていれば、お産までそこまで大きな心配はないのかなと思います。​

 

健診は無料だけど…

金銭面でいうと、私は現在カナダのバンクーバー近郊に住んでいます。
BC州の公的医療保険であるMSPに加入していれば、妊婦健診についてはすべて無料なので、健診代の心配はいりません。​

ただ検診が無料な分、日本と違い、ハイリスク妊婦でない限り、エコー検査は10週あたりと20週あたりの2回だけ、というのがなんとも寂しいところです。​とくに胎動を感じるまでは、「本当にお腹に赤ちゃんがいるのか、いないのか」分からないまま、初期の妊娠のつらさに耐えることになります。

 

産科クリニックでの診察

産科クリニックの健診では、担当Drは毎回変わります。
診察時間も5〜10分程度で終わることがほとんどです。

いろいろなDrの視点が入るのは良いことでもありますし、もちろん疑問点があれば何でも聞くことができます。
ただ、実際に3回ほど診察を受けてみた結果、英語が得意ではない私にとっては、毎回人が変わることがかなり負担だと感じました。アクセントが変われば、聞き取りにくくなることもあります。
緊張してしまい、リラックスして本当に聞きたいことが聞けない、というもどかしさがありました。

Midwife(助産師)との出会いがもたらした安心感

そんなときに見つけたのが、Midwife(助産師)という制度です。
助産院にかかると、Midwifeは毎回の診察に30分の枠を必ず確保してくれます。​

「そんなこと聞いていいのかな?」と思うようなことでも、しんどいと感じていることをじっくり聞いてくれますし、いろいろなアドバイスもしてくれます。

産科クリニックでは、「困っていることや疑問はありますか?」と聞かれ、こちらが答えないと特に話は広がりません。
一方でMidwifeは、向こうからいろいろと聞き出してくれるスタイルでした。

正直、自分からどんどん調べて質問する元気もなかったので、私にはMidwifeの方が合っていました。
出産時の立ち会い、産後の自宅訪問も同じ人が担当してくれるので、とても安心できます。​

Midwifeを希望するなら、早めに探すのがおすすめ

ただし、Midwifeを希望する場合は、早めに探し始めることをおすすめします

私は仕事を始めたばかりの頃がちょうどつわりのピークと重なってしまい、とてもそれどころではなく、探し始めるのが遅れてしまいました。その結果、ほとんどの助産院がすでにいっぱいで、新規受け付けはしていませんでした。

 

最終的には、少し家から遠いクリニックにはなりましたが、優しくて信頼のおけるMidwifeを見つけることができたので幸運でしたが、周りの妊婦さんの話を聞くと、「希望しても見つけられなかった」という方もいたので、妊娠が分かり次第、すぐに探し始めることを強くおすすめします。​

 

カナダでの生活や妊娠・出産のリアルな体験談として、参考にして頂ければ幸いですニコニコ

 

皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
アラフォーからカナダで看護師に挑戦中の、ゆりと申します。

私は5月に産休の代理として1年契約の病棟看護師として採用され、6月からオリエンテーション、7月から独り立ち。そして先日、3か月の試用期間を無事に終え、契約ではなく 正式に正社員として採用されました!
本当に首の皮一枚で踏ん張っている感覚ですが(笑)、ここまで来られたのは職場の仲間たちの支えがあってこそです。

とはいえ、日本での経験はほとんどないに等しく、ブランクも長く、英語力にも不安があるため、毎日が緊張の連続。大変なことも、本当にたくさんあります。

今日は、ここまで働いてみて 私が実際に驚いたこと・大変だったことを正直にシェアしたいと思います。

1. 毎日のように暴言・暴力

驚くほど日常的に暴言や暴力を受けます。
もちろん優しい患者さんもたくさんいますが、日本で病棟勤務していた時はここまで頻繁ではなかったので、正直新鮮でした。

よくある暴言は、Fワード系、怒声、または「自分の国へ帰れ」といった差別的な言葉など。

しかし、患者さんの多くは認知症やせん妄という背景があるため、そこまで傷つきはしません。第二言語だからダイレクトに聞こえない、という“アドバンテージ”も感じます。

実は今働いている病棟、看護師のほとんどが移民。シフトによっては カナダ人がゼロ のこともあります。
もし日本で「担当看護師が全員外国人」という状況が起きたら…?と考えることもあり、複雑な気持ちになります。

暴力も多種多様で、叩く・蹴る・引っ掻く・つねる・唾を吐くなど。

日本人の患者さんと比べると、体格差もあり、抑えるのも一苦労です。
つい最近は、ポケットに忍ばせたハサミで看護師を傷つけようとするインシデントもありました。

必要時には コードホワイト(暴力時の緊急呼び出し)が要請でき、すぐにセキュリティが駆けつける仕組みがあります。これは日本にはまだあまり浸透していない制度ですが、安心して働ける要因の1つです。

2. 独り立ちがとにかく早い!

オリエンテーション期間はわずか1ヶ月。
その後は、もう自分で患者を受け持ち、自分で判断し、ドクターに直接連絡しなければなりません。

英語で報告できるか、判断は正しいか…毎回緊張します。

要領が悪い私は、30分早く出勤し、休憩も取らず、残業30分〜1時間は当たり前。
しかしカナダではこれら全ての行動が、仕事ができない証拠と見られてしまい、頑張っているとは評価されません。

しかし、そんな働き方を続けていたある日、ついに体が限界を迎え、動けなくなってしまいました。休まざるを得なくなったことで、「このままでは続かない」と気づかされました。

そこからは、まず自分の休憩を最優先し、定時で上がることを徹底しています。
常に「今やるべきことは何か?」「削れることは何か?」を考えながら動くようになりました。

限られた時間の中で、看護師としてのパフォーマンスはまだまだ完ぺきにはほど遠いと自覚しています。でも、効率よく優先順位を判断する力は、現場で経験を積みながら少しずつ鍛えていくしかありません。

3. 看護助手さんへの依頼が難しい!


日本では急な依頼でもなんとか調整してくれた看護助手さん達。
しかし私の病棟では、

「忙しいから無理」
「これから休憩だから無理」
「あと10分でシフト終わるので次の人に言って」

と、はっきり断られます。

ここからさらに「なぜ助けが必要なのか」の説明をして、OKを引き出さないといけません。
他の同僚は強めに言い返す人もいますが、私はまだそこまで言えず……。

でも言わなければ自分一人で抱えてしまい、仕事が終わらないので、勇気を出して声をかけるしかありません。

4. 家族が常にベッドサイドにいる
 

私の病院では面会が夜10時まで可能で、患者さんが寝るまで付き添う家族も多いです。

患者さんにとっては良い面も多く、

  • 状態変化を知らせてくれる

  • 不穏を落ち着かせてくれる

  • 食事介助を手伝ってくれる

など助かることが多いです。

ただ、私は常に授業参観されているみたいな緊張感があり、治療説明も英語でうまく伝えられているか不安になります不安


5. 英語が通じない

先日担当した部屋は、
韓国語、広東語、イタリア語、タガログ語…と多国籍。

これは日常茶飯事で、まともにコミュニケーションが取れないことが多いです。

見当識の確認、痛みの場所の把握、ケアの説明など、伝わらないことばかり。
患者さんも不安になりやすく、拒否されることもあります。

まさに移民国家の現実を感じます。

6. 日本では稀な既往歴

アルコール依存、ドラッグ依存、銃による負傷など、日本では珍しい既往歴の患者さんも多いです。

さらに驚いたのは、 病室やトイレで薬物を使用する患者さんが実際にいること。

トイレで薬物を使って倒れ込んだところをセキュリティが運んでくる、ということもありました。
自分も吸い込んでしまわないか、正直怖くなることがあります。


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困難や驚くことは多いですが、それでも毎日やっていけているのは、同僚の優しさがあるからですニコニコ

英語が拙いことで「より頼りなさそうに見える」せいか、いろんな人が常に気にかけて声をかけてくれます。

カナダでは年齢やキャリアをお互いに意識せず(聞かないし、知りません)、独り立ちしたら同列として扱われます。
新人でも先輩でも、休憩室の椅子も仮眠スペースも 全部“先着順”。

いじめもないし、「新人のくせに」とか聞いたことがありません。
人間関係に煩わされない文化は、本当にありがたいです。

以上、カナダで看護師として働き始めてから私が感じた「驚いたこと・大変だったこと」でした。

あくまで私の働く病棟での経験であり、カナダ全体がそうとは限りません。でも、この体験が、これから海外で看護を目指す方の参考になれば嬉しいです。