アメリカ某大学の大学院を卒業してから十数年。正直に言って、私はずっと職を探している気がする。卒業後、企業での仕事が見つからず数年間のポスドク生活を経て、その後、縁あって2社の日系企業で働いた。アメリカでは安定したポジションにいる人ですら、レジュメを定期的に更新し、新しい機会に備えている人は多い。日本とは異なり、転職はむしろ「向上心の証」と見なされることが多い。もちろん、一つの会社に長期的に勤める良さもたくさんあるが、今働いている仕事が “Dream Job” でない限り、次を探し続けることがディフォルトになってくる現実もある。
数ヶ月前に仕事を辞めて以来、また職探しのスタート地点に戻ってしまった。自身のパソコンには、過去に作成したレジュメやカバーレターが、応募した年や会社ごとに整理されており、今では巨大なフォルダーとなっている。そのフォルダーを重たい気持ちで開く。決して、いい思い出ばかりではない。面接を「過去の成果を上手く説明できなかったから、これ以上時間を費やしても無駄」という理由で、突然打ち切られた時もあれば、最終面接までいったのに音沙汰がなくなった会社も少なくない。
アメリカでは、まず願書の書類選考がある。それを通過する確率は5~10% と言われている。競争率の高い企業だと、その確率はもっと低くなる。書類選考を運よく通過すると、電話での面接 (phone screening)が待ち構えている。それを何とかクリアできれば、次は採用マネージャーとの1対1の面接だ。マネージャーがこれはよし、と判断して初めてチームメンバーや他部署のマネージャーらとの個人面接、あるいはグループ面接へと進むことができる。これはあくまでバイオテック分野の一般的なプロセスだが、IT系の企業となれば、さらなる面接や適性試験があるところもある。
時には一つのポジションに、数百枚の応募が集まるシリコンバレーという激戦区で、面接での嘘や誤魔化しは通用しない。自分も面接をする側に立ったことがあるが、採用側は候補者の中に「リアル」を探している。この人はどのような人で、会社をどう思い、どのような価値を提供できるのか、なぜ新しい仕事を探しているのかなど、警察の取り調べさながらである。雇う側も多大な労力と費用をかけているので、候補者の ”red flag” を見逃さないようにと必死である。
候補者は、自分がそのポジションをどう解釈し、仕事を通して何を実現したいのか、会社にどういう価値を提供できるのか、という明確なビジョンを各社に語り、相手に納得してもらえなければ職は手に入らない。なんとなく仕事がほしいとか、家計を助けたいでは、まるでダメなのである。私たちの前に立ちはだかる最大の壁がもちろん「英語」。英語が母国語ではないという言い訳は、一切通用しない。ネイティブの凄腕たちと同じ土俵に立って戦わなければいけない。ただ、アメリカのいいところは、誰も私の日本語訛りのアクセントなど気にしないことだ。大事なのは話している内容が納得のいくものかどうかというロジックだけである。
ここ数年の就職状況はどんどん厳しくなっている。あくまでも私の住んでいる地域での話だが、IT企業の大規模な解雇が続く中、100社応募しても、全く返事がもらえないことも少なくない。だからこそ、自分に毎日問いかける。何がしたいのか、理想の仕事は何で、自分がどこで価値を提供できるのか。現状の可能性と不可能生の境目で、まだまだ答えを探し続けている、迷子の自分である。