自慢の娘でいたかった。幼い私。 | 金沢市で小学生の不登校に親が振り回されなくなる方法

金沢市で小学生の不登校に親が振り回されなくなる方法

不登校・登校しぶりの親が、気持ちの「聞き方」を改善すると不登校に振り回されなくなります。
石川県金沢市を中心に、安心感を得る聞き方講座や相談を開催。
気持ちを聞くと不登校の子どもが救われ、同時に親自身も安心。子どもとの信頼関係を取り戻せます。

こんにちは。

薮内(やぶうち)ゆかりです。

 
ゆかりんと呼ばれております。
 

 

 

いきなりですが、皆さん。

 

 

自分の母親とはどのような関係ですか?

 

 

 

仲が良い?悪い?

どちらでもない?

距離をとっていてちょうどいい?

全く連絡なし(死別)?

 

 

 

子どもが大人になり、養ってもらっていた関係ではなくなると親子の関係性も変わってきますよね。

 

 

 

今がどのような関係であっても、幼い頃に感じたことって大人になっても残っていて、現在の自分の考え方に良くも悪くも関係しています。

 

 

いろいろ学んで自分と向き合うと避けては通れない道ですよね…。

 

 

 

でも。それを大人になってからでも癒すことができます。

 

 

胸のザワザワから自分の幼い頃の欲求に気づくことで、すっかり楽になったという話です。

 

 

 

 

 

母が3月末で長年勤めてきた仕事を退職し、春休み中に小学生組と母を連れて水族館に連れて行ってきたんですね。

 

 

以前から母が我が子や甥っ子たちに接する姿を見ると、苦しくなったり胸がザワザワしたりしていたんです。

 

同じように自分が母から育てられた思い出を通して見えていたんですね。

 

 

その私のザワザワの大元を、今回見つけました。

 

 

 

 

母がどうのこうのって思ってたけどそうじゃなかった。

 

 

 

母の育児を否定してたわけじゃなかったんです。

 

 

 

 

 

私の望む形での愛情表現とちがっただけだったんです。

 

 

 

 

 

水族館にいる間、甥っ子のすごいところを褒めた話題をどれだけ出しても、

 

「え~それはいいんやけどね。この子はこういうところもあって、こうねんよー」

 

とわざわざ欠点や悪いと思っているところを挙げて、±ゼロにしようとするのです。

 

 

 

チラッと見る甥っ子の表情に、胸がチクンとします。

 

 

 

あぁ、よく聞いてるな。

 

母(ばーば)が自分のことをどう思っているかを、そうやって人に話すのを聞くところから受け取っているように感じました。

 

 

 

ただこれは、甥っ子を見ているようで、過去の私を見ているんですね。

 

投影です。

 

本当に甥っ子がそう思っているかどうかは分かりません。その時の思い出が私の胸をチクンとさせるのです。

 

 

 

 

 

私の母は、昔から自分や自分の家族を謙遜します。

 

 

なかなか直接褒めてくれませんでした。

 

 

褒めてくれたとしても、こっちもそれくらい頑張ればいいのにって同時にダメな部分を持ち出してくる人でした。

 

 

褒めて気分を上げられても、ほぼ同時に欠点を言われて下がって。

 

±ゼロ。

 

気分が上がりたいのに。

上がって終わりたいのに、下げないでよ。
 

思い返すと喜びたくても両手を上げて喜べませんでした。

 

 

 

子どもって褒めてもらえると嬉しい。

テンションが上がる。

 

 

大人だってそうですよね、褒めてもらえると嬉しい。

 

 

 

 

でもそれ、お母さんに褒めてほしかった。

 

 

 

私は…本当は他の誰からでもなく、母に一番すごいって言われたかった。

 

 

 

私が望んだ、欲しかった形で母から認められたかったのです。

 

 

 

 

 

ご近所の人に

 

「ゆかりちゃん、すごいですね!」

 

と母が言われても、母はそうなんですとは一切言ってはくれませんでした。

 

 

 

私の記憶している限りでは…

 

 

「いやいやいや、そんなことないですよ。この子ってばこうで…(隠しておきたい私の欠点を言う)」

 

 

 

ご近所さんに褒められたことは純粋に嬉しいんだけどね。

 

 

欠点の話までしなくてもいいじゃないか!!

褒めてくれたのが台無し

 

 

って何度思ったか。

 

 

 

 あぁ、お母さんは私のことすごいって思ってないんだ

 私は大したことないんだ

 もっと良いことやらないと褒めてもらえないんだ

 

 

って幼いながらに思ってました。

 

あんまり褒められた記憶がないのもご近所さんとのことも私に都合良い記憶なのかもしれないけどね。

 

 

私は、そう思ったの。

 

 

いわゆる自己肯定感が下がっている状態です。

 

自分がやっていることに自信もありませんでした。

 

 

 

ご近所の人に、私の目の前で

 

 

「(うちの娘)すごいでしょ!」

 

 

って返してほしかったのです。

 

 

 

 

 

私の母は、周りに迷惑をかけたくないタイプ。

 

協会のコミュニケーションカラーでいうピンクタイプ。

 

人の顔をよく見て、人間関係の和を一番大事にします。

 

そして、母自身みんなの前で大々的に褒められるということはあんまり好きではありません。

 

 

 

私は黄色タイプ。

 

目立つこと大好き!

 

ピンクタイプとは逆で、人前で大々的に褒めてもらえるとすごく嬉しいのです。

 

 

 

 

こういうタイプも知るとね、そんな母が

 

「うちの娘すごいでしょ!」

 

なんて言うことはほとんどないことが想像できるんですよね。

 

 

 

もし母がすごいでしょ!なんてご近所さんに言ってしまったら。

 

 

自慢、嫌味って思われて気を悪くするかもしれない。

 

波風立てたくない。

 

お世辞かもしれない。

 

相手を立てないといけない。

 

 

 

今思うとそう感じていたのかもしれません。

ピンクさんどう感じるのかな?

 

 

 

 

 

謙遜する人って日本人は多いですよね。

 

「いえいえ大したことありません」

「そんなことないです」

 

と、自分の能力や評価を低く評価します。

 

 

 

日本人って、

 

「これつまらないものですが…」

 

って手土産持って行きますよね。

 

 

外国だと、

 

「つまらないものならいらないわ!」

 

って言われちゃうそう。

 

 

自分や家族がへりくだることで、相手を立てます。

 

 

へりくだるのも過剰にしすぎには気をつけたい、子どもの前ではそのまま素直に受け取ってしまうなと思いました。

 

 

 

 

 

そこに、、、ずっと拗ねていた私を見つけたんです。

 

 

 

 

 

 

気づくと涙がこみあげてきました。

 

 

 

 

 

 

私、母にすごいってみんなの前で言われたかったんだ。

 

 

 

 

 

みんなの前で自慢してほしかったんだ

 

 

 

いつでも自慢してもいいように

 

 

 

自慢の娘でいたかったんだ

 

 

 

 

でもどれだけ願っても大々的に褒められることは叶いませんでした。 

 

 

 

 

私の欲求自体に気づくと、本当に母の愛はなかったのか?という所に目が向きます。

 

 

 

 

母は、喜んでなかったのだろうか?

 

本当は嬉しかったけど、出せなかっただけなんじゃないだろうか?

 

褒めたくても、人前で褒めることができなかったのかもしれない。

 

 

 

私が子どもに対してやっている愛情表現が、子どもの欲しいそれとは違う可能性だってある!

 

 

 

 

甥っ子の欠点ばかり言う(ように聞こえる)けど、それって心配からくる言葉だということは分かるんです。

 

 

けなす愛情。

 

 

ずっと当たり前になってたんです。

 

 

 

 

長男二男の幼稚園時代。

 

自分の子どもをみんなの前で褒めること

 

「すごい!」

 

(「すごいねー」とママ友に言われた返答で)

「すごいよね」

 

 

って言うことにすごく抵抗があったのを覚えています。

 

そう返しているママを見るとすごく胸がザワザワしました。

 

 

 

 

なんでそんなこと言えるん?!

へりくだらないの?

 

って思いました。

 

子どもや自分が褒められたら謙遜することが正しいって母の姿を見て刷り込まれてたからね。

 

 

 

胸のザワザワは、幼い私が

 

 

「ずるい!私もそう言ってほしかった!」

 

 

って言ってたんだろうな。

 

 

 

 

今は、親バカくらいでちょうどいい。

 

子どもには察することより、そのままを受け取ってほしいなって思います。

 

 

子どもが褒められたら素直に

 

「ありがとう」

とか

「私もすごいと思う」

 

って言うようにしています。

(自分はまだまだ謙遜しちゃうけどね…)

 

 

 

今回のタイプ別カラーは昔の母と私のそれぞれの違いを理解させてくれる助け・癒しとなりました。

 

 

 

もちろん、子どもによって嬉しい褒め方は違うし、効果的な方法ができたら一番いいですよね。

 

 

他に、赤タイプや青タイプもあるよ。

 

 

知りたい方!ぜひ家族のこころのコーチング講座を受けてみてね。

 

褒め方以外に叱り方、やる気の出させ方もありますよ。

 

 

 

直近では、名古屋駅前で!

 

6/4、5(土日)

11:30~17:00

谷川 明子マスターインストラクター

 

 

 

ありますよ。

 

 

 

 

もしくは1時間でサクッとタイプ別を学べるコンシェルジュレッスンにいらしてね。

こちらではタイプ別の褒め方についてやりますよ。

 

 

 

 

 

子どものことを心配している、我が子に一番良くなってほしいから小言が多くなる。

 

それは私も子どもを産んで母になったから分かるのかもしれません。

 

我が子ができて、こんなにもできないところにばかり目が向くのかと口酸っぱくなるまで言ってきました。

 

 

 

 

母がどんなタイプで、どんな風に思っていたか。

そこが合っているかどうかは置いといて、自分の欲求に気づけたことで、

 

 

 

母の愛情表現は私の欲しかったその方法と違っただけなんだ

 

 

 

そう思えるようになりました。

 

 

 

 

子どものゆかりちゃん。

(インナーチャイルド)

 

大人になったゆかりんから、当時の私にかけてあげたい声をかけます。

 

それも親友に言うように

(自分にだとついつい厳しくしちゃうからね)

 

 

 

お母さんに皆の前でうちの娘はすごいって言ってほしかったね

 

いつも褒めてほしかったね

 

自慢の娘でいたかったんだよね

 

醜い姿は見せたくなかったからたくさん頑張ったよね

 

つらかったよね

 

いっぱい我慢したね

 

どれくらい頑張ればみんなの前で褒めてくれるんだろうって思ったね

 

私だけ愛されてないって思ったね

 

目に見える形で愛情が欲しかったよね

 

 

 

 

 

『自慢の娘でいたい』

 

 

 

 

自分のことだけどね、いじらしいなぁと感じます。

 

 

 

口に出すとまだ涙が出る言葉です。

 

 

 

 

 

 

余談ですが最近自分のあり方として、なんだか目に見える形にばかりこだわっていたんですね。

 

 

 

マイコーチとのセッションで、この話を涙ながらにして。

 

 

 

あぁこれは!と思いました。

 

 

 

繋がっていました。

 

 

 

母から、目に見える形での愛しか母の愛だと認めなかったから。

 

それが私が欲しかった形だから。

 

 

 

 

でも、私自身も母になってみてずっと子どものことを考えて心配して。

 

やらないこと、言わないことを選んでみたり。

 

そこにも愛はある。

 

 

 

目に見えない部分にも愛はあるよねって思ったんです。

 

 

むしろそっちの方が大きかったり。

 

 

 

いろんな感謝の気持ちが湧いてきました。

 

 

 

ここに気づいてから、目に見える形にばかりこだわることは少なくなりましたよ。

 

 

驚きです。

 

 

 

 

また一つ、昔の自分が癒される機会になりました。

 

 

 

自分と向き合う方法を知っていて良かった。

 

 

 

心がザワザワするときって、生きやすくなるヒントが隠れているんだなぁ。

 

 

 

 

薮内(やぶうち)ゆかり

 

 

 

 

 

 

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