前 2 回は,大バッハの現存する 2 曲のヴァイオリン協奏曲 BWV1041-1042 を取り上げました。
今回は,大バッハのオーケストラ作品の落穂拾いです。
本稿では,シンフォニア BWV1045(断章)を取り上げます。
シンフォニア BWV1045 は,当初は消失したヴァイオリン協奏曲の 1 楽章とみなされ,BWV(バッハ作品総目録)の順番としてはヴァイオリン協奏曲の続きに収載されていますが,後述するように,消失した教会カンタータの冒頭のシンフォニアであろうと考えられるようになりました。
BWV では 1045 という管弦楽曲のカテゴリー(BWV1041-1071)の番号が与えられてしまったため,カテゴリー上の混乱を生じています。
この曲は,独奏ヴァイオリンのパートの演奏難易度が高く,楽曲の体裁としてはヴァイオリン協奏曲と言えるほど,独奏ヴァイオリンが際立っています。
楽曲のタイトルは,冒頭に Concerto à 4 Voci, 3 Trombe, Tamburi, 2 Hautb(ois), Violino Conc(ertato), 2 Violini, Viola, e Cont(inuo) とあります(カッコ内は原文では省略されています)。
イタリア語やフランス語が混在していますが,日本語に訳せば,「4 声のコーラス,3 つのトランペット,ティンパニ,2 本のオーボエ,独奏ヴァイオリン,2 つのヴァイオリン,ヴィオラと通奏低音のための協奏曲」となります。
ただし,スコア冒頭の左上には Sinfonia とも書かれています。
シンフォニア BWV1045 自筆スコアの冒頭のページ
「シンフォニア」なのか「協奏曲」なのか,タイトルに一見混乱があるように思われますが,大バッハは Concerto という用語を必ずしも現代的な「協奏曲」という意味合いで厳密な使い方をしていたわけではありませんでした。
大バッハは,オーケストラによる協奏的な音楽であれば,カンタータの冒頭楽章の「シンフォニア」に対して,Concerto というタイトルを付けることがありました。
例えば,カンタータ第 35 番 BWV35 やカンタータ第 182 番 BWV182 などにおいて,冒頭の「シンフォニア」に Concerto というタイトルが付けられています。
シンフォニア BWV1045 は,現存している大バッハの自筆スコアから,1742 年から 1746 年頃の作曲とみられるライプツィッヒ時代の晩年の作品です。
この曲は,前述のように,教会カンタータの冒頭のシンフォニアとして作曲されたと考えられています。
祝祭的な雰囲気ではありますが,歌詞も失われており,どのような機会のためのカンタータなのかもわかっていません。
第 2 曲以降がまったく存在しませんが,上述のように冒頭に 4 Voci すなわち 4 声のコーラスと記されていますから,ソプラノ,アルト,テノール,バスによる 4 重唱が第 2 曲以降に登場する予定だったことは間違いなさそうです。
第 2 曲以降が現存していないため,着想されていたはずの教会カンタータが実際に作曲されたのか,シンフォニアの作曲だけで中断されてしまったのかも不詳です。
シンフォニア BWV1045 は,実は断章であり,完結していません。
自筆のスコアは 12 枚目までありますが,そこで曲が完結しないまま 150 小節目の半分のところで途切れています。
13 枚目に,終結部とみられる 2 小節のみが記されていますが,12 枚目とうまくつながりませんし,この 2 小節の筆跡が 12 枚目までとはまったく違っていて,音楽の連続性も欠いており,このコーダは大バッハが書いたものではないとされています。
ということで,150 小節目以降,曲が終結するところまでを復元しなければ,楽曲として満足に演奏することができません。
自筆スコアの12枚目
150小節目の半ばまで書かれているが,この後の部分は消失してしまっている。
13枚目として大バッハの自筆スコアに「添えられた」謎のスコア
復元版の下準備が必要なものの,独奏ヴァイオリンが華々しく活躍することもあって,この曲のレコーディングはいろいろあります。
古くは,アリス・アルノンクールの独奏ヴァイオリンによる,ニコラウス・アルノンクール指揮,ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの 1976 年の録音があり,50 年経った今聴いても新鮮味の褪せない活気に満ちた演奏です。
Teldec: WPCS-13516/7 (2 CDs)
J.S.Bach:Violin Sonatas, Concertos
Alice Harnoncourt, Barock Violin
Nikolaus Harnoncourt, Direction
Concentus Musicus Wien, on Period Instruments
最近では,イザベル・ファウストの独奏ヴァイオリンと指揮による,ベルリン古楽アカデミーの演奏が 2017 年 12 月と 2018 年 9 月にレコーディングされており(BWV1045 の録音年月がどちらなのかは明記されていません),ファウストのヴァイオリンが冴えています。
Harmonia Mundi: HMM902335 (2 CDs)
Johann Sebastian Bach: Violin Concertos, Sinfonias, Overture, Sonatas
Isabelle Faust, Barock Violin
Akadmie für Alte Musik Berlin, on Period Instruments
その他,佐藤俊介の独奏ヴァイオリンと指揮による,オランダ・バッハ・ソサイエティの演奏が,プロジェクト “All of Bach” の WEB サイトで公表されており,You Tube にもアップされています(2017 年 5 月 13 日録音)。
この演奏の動画は無料でアクセスできます。
All of Bach の WEB サイト:
https://www.bachvereniging.nl/en/bwv/bwv-1045
You Tube の WEB サイト:
https://www.youtube.com/watch?v=4P8I-4vOGwQ
Shunske Sato, Barock Violin & Direction
The Netherland Bach Society, on Period Instruments
今回,シンフォニア BWV1045 にスポットを当てましたが,大バッハの現存するすべての管弦楽曲(BWV1041-1070)に関する私見を述べてきて,本稿でとうとう一巡しました。
シンフォニア BWV1071 は,ブランデンブルグ協奏曲第 1 番 BWV1046 の初期稿であり,近年は BWV1046a と再分類されているため割愛します。





















