土曜日は佐賀県肥前町<向島>まで40キロの道のり(片道)を愛車<シマジロウ(原付)>に跨って走りました。
11時の定期船の出港でしたから、いつものように8時に福岡・天神をスタートしましたが、途中の強風には走行もままならない状態でした。
 202号のバイパスを抜け、都市高速の下を走り終わって<前原>の二丈~浜玉道路への取り付け道路での雷山から吹き降ろす強風には<シマジロウ>もフラフラの走りでした。何しろ、超強風ででしたからアクセルをふかすわけにもいかず、とにかく体重を落すための走行です。
結局、風をかわすためか202号の旧道を走る羽目になりましたが、この道は海岸道路のため海からの吹き上げがすごいんです。
 書き込み者のオジサンの頭の中は、遠く30キロ先の星賀~向島間の波の状況と定期船の発着でした。すなわち、『今日は無事船に乗れるんだろうか?』という疑念がよぎっているからです。
なぜなら、6ヶ月間、月に一回<向島>の島民と一緒にパソコンの操作講習を行っているからです。参加者の待ちわびる顔・顔・顔が脳裏を走り回るからでした。
しかし残念ながら、星賀の港に到着すると湾内の波の状況は大変なものまるで<小台風>のような強風が吹きまくり、桟橋に係留した定期船もガンガンぶつけているのでした。
 折角のオジサンは、Uターンして今度は<いろは島国民宿舎>まで走りこみました。
なぜなら、高台に聳える国民宿舎の下にカヌーの塾を開いている御仁がいるのです。御仁は数年前まで行政の部長職をやっていてオジサンとは旧知の間柄でしたから、スムーズな再会と相成りました。
強風、豪雨の中をシマジロウは眼前に広がる<棚田>を横にみながら次の目的地<唐津>へ進路を取り、結局、宿に停泊することにいたしました。
なぜなら、日曜日の<高島ウオークラリー>に参加するためだったのです。
唐津・高島といえば【宝当神社】、宝当神社といえば【宝くじが当たる島】で一躍有名になったメジャーな島です。メジャ-な島しまといえば、ここにも有名なお兄さんといいます。
テレビに出たり、雑誌に取り上げられたり、全国から講演に引っ張りだこでじっと机に座ってる暇のないほどの高島区長を兼務しながら宝くじ販売所の<宝当乃館>の社長さん。
いつもニコニコ元気なのがとりえで、駄洒落の神様と歌われています。
 ウオークラリーの参加者200名近くが朝9時半から15半間での時間<高島>を占領し、島の磯場に流れ着くゴミを収集、さらに<高島>の頂上標高15メートルをトレッキング(山歩き)してきました。
オジサンが足が長いものだから、磯場で躓き、右足の膝及び左手の中指を捻挫してしまいました。おかげさまで湿布治療を続けています。
 さらに旅は、まだ続きます。
22日は、オジサンの所属する組合員の娘さんの結婚式に参列するため<鹿児島>に向かいました。
博多から八代までが特急『つばめ』。それから新幹線のリレーつばめに乗り換えて<鹿児島>まで、2時間30分の旅でしたが、早くなったものです。かっては、4時間ぐらいかかったのですから……。
来年の3月には1時間10分で行けるのですから大変なものです。
オジサンは、結婚式の祝辞を行なう当番だったせいか、少々上がり気味でした。それでも無事詠み終えたときはホッとしました。
ゆえに、二次会にも出席せず直ちにUターン、自宅に着いたのは夜中の12時になりました。
 そして昨日は、佐賀銀行及び佐賀大学さらに佐賀銀行と行脚を続けました。
ゆえに、今日は朝からデスクワークの一日です。