そもそも何人だからどうだとか、男または女だからどうだとか、決めつけるからトラブルが生じる

一人ひとりに向き合って、ひとつひとつ解決していけば問題は起こりにくい。
たぶんそうだろうと思います。
それができないからいろいろと問題が生じる。

多様性の時代と言われているけど、ひとりひとりがそれぞれ違うことは承知しています。
特定の人を「こうだ」と決めつけてしまうのが問題であることも承知しています。

でも、すべての人を把握することなんてしょせん無理です。
どこかでバイアスをかけて人を見てしまうのはしょうがないかもしれません。

自分と他人との区別をするのは動物の本能であり、自分に危害を与えそうな人から離れるのも動物の本能です。

最初は、その人の外見とか、話し方とか、素性とか、、、わかる範囲で情報を入手します。
入手した情報から、自分に近づいてもいい人か、離れるべき人かを探りだします。

もうこの時点で自分と、自分以外との境界を引き始めています
自分の身を守るために備わった本能です。

こんな作業を何十億もの人に対していちいち実行できません。
遠く離れたどこかの国の人に対しては、入手した情報から「こんな人たち」という印象を持つしかありません。

野生動物ならここまででしょう。

人間が人間である証は、ここから大脳前頭葉が働けるかどうかかもしれません。
本能で動くだけなら、野生動物の生存戦略とほぼ同じです。

しかし、理性で動く大脳前頭葉に支配されてしまうのも問題です。
そもそも感情で動き、感情によって強いエネルギーを発揮できるのが人間ですから。

世界を大きく動かしてしまう人が、大脳前頭葉を十分に働かせているかというと、少し疑問です。
大脳前頭葉に支配されていない人の方が、とんでもないことをしてしまう可能性だってあるのです。

人と人の間に境界を引いて、物事をサッサと進める方が合理的、効率的ですからね。
ただ、「いや、その境界で区切られたくないよ」という人にとっては、不本意な境遇となります。

人から叩かれるから行動を自粛しようかと思う人も多くなった時代かもしれませんが、生まれ持った自分の本質はあまりかわりませんから、好きなようにやる方がいいと思います。
迷惑かけないギリギリの範囲で。