お休み頂いて鹿児島旅に来ています。
今回なぜ鹿児島かというとずっと前から行こうと思って行けてなかった「知覧」に来るため。
あと西郷どんの影響もね。笑
今まで知覧の平和特攻記念館へ行ったという人の話を聞いていて「自分も行かなくては」と思わせてもらってきました。
そして実際に自分が訪れてみて一番感じたのが、知覧にしても特攻隊についても余りにも知らなさ過ぎた。
本を全く読む習慣がない人に比べれば知覧のことについて書かれてある本は読んでいる。
予習という程でもないですが鹿児島に行く直前に「俺は、君のためにこそしににいく」の映画も見た。
今まで僕に知覧のことを教えてくださった人達は、人間は自分以外の誰かの為や守るものがある時に力を発揮するということを知覧で学ぶ。ということをおっしゃられていました。
そうした気持ちで特攻隊の人が家族へ宛てた手紙や遺書を食い入るように読んでいたら隣にいた紳士が「軍規が厳しかったからこういう書き方の手紙しか家族の元に届きにくかったんだよ」と声をかけられ「あ!そうか!」と自分の持っていたモノサシが全く変わってしまった。
そこからは手紙が没収や処分されないような書き方の中のどこに本当の本音や気持ちを込めて書かれているのかというのを探す読み方になってしまった。なんかここまで書いといて評論みたいで感じ悪いですよね。
でもせっかく鹿児島まで来たので書きます。
遺言の手紙に自分の気持ちだけでなく、自分が亡くなった後に家族が困らないように末筆に注意書きみたいなことを書かれている人がいたのですが
「通帳二冊あり」
「個人的な金銭の貸借無し」
に続いて
「婦人関係全く無し」
って書いてる人がいたんですよね。僕はこれ家族を笑わせる為に書いたと思うんですよ。完全にオチのタイミングで書いてたし。僕の勘違いだったら失礼極まりないのですが、それを見た瞬間に凄い男やなぁと思いました。
また別の人は、特攻に出撃する前日に書かれた手紙の冒頭に「ここまで来たら死生観もクソもありません」とありました。これを言えるというのは死生観をずっと考えてきて、最後の最後に死生観なんてクソくらえだ!って皮肉ったんだと思うんですよ。
左側の人も右側の人も特攻隊に賛否両論なんていらない。生き様と死に様を学ぶにおいて高次元の時代にいた人達と触れる機会が知覧にある。
次来るときはもっと深く知りたい。
あいがとさげもした。
