番太を頼む

<こぎつねに ばんたをたのむ むぎのあき>

 

 

「鷹婆タカバァ」が 井戸端で 鎌を研いでおる

今朝 丸丘の天辺の 麦畠で

狐の小僧が 鈴を振っておったでのぅ

「鷹婆」に言わせれば 鈴の音は 麦刈りの合図らし

と同時に

麦畠の子狐たちも そろそろ巣立ち

というお知らせだ

 

「彩耳サイジ」には

「鷹婆」の言う お伽話めいた「狐と麦」の関係が

いまひとつ 理解出来ないのだが

その巫女然とした 厳粛な口跡にかかると

頭の芯が ほ ほぅ 呆けてくる

 

「鷹婆」は

麦畠が 黄金色に輝き たわわに稔るのは

狐の仕業と 信じておる

 

 

の花

天から投げられた 縄梯子 その段々坂道を登ると

輝く穂麦の 黄金色の矢が 眼を射る

畠は一枚きり 三坪ほど

まさに 黄金の狐色

 

畠のすぐ下は 湧き泉 唐突にあり

その水を 順繰りに流し 棚田九枚を潤して

段々に馬蹄形末広に拓く 家郷千年 見事な俯瞰図

 

口開けて

見とれていたら 

「鷹婆」に 聲かけられて 刈り初め

三掴みで一束 ザツクザク 二人で刈れば三坪も半坪

 

あっ

最後の畝を刈ると おお 山際に 落ち葉敷き入れて

 まぁるい穴 狐の巣

もうコナラ林を 尾根伝いに 旅立ったか

中はもぬけの殻 

手を入れると 微かに温い

 

さぁ

いよよ花火 いや「麦焼き」だ

「鷹婆」は 畠の中央に 窪みを付けると

麦束一つに 火を着ける

禾もろとも焼けた穂が ポタポタ 火の消えぬうちに

右手の束に移す 繋ぎ花火の面白さ

 

 

「彩耳」が 火を着けると

火・の・用・心

気配に振り向くと 林の暗がりに 子狐の目玉ふたつ

生まれて初めて見る ニンゲン

好奇心か 度胸か 子狐番太の 見開いた眼に

散る散る 花火 散る火花

 

花火終わって 振り返ると

番太の眼玉は もうない

面白うてやがて寂しき花火かな

 

火の消えた焼き麦を カマスに入れてな

背負うて 降りれば まだ温かい

これに 火が着きゃ あぁぅう カチカチ山ぞ

なぁ 

 

 

 

人の

穂のみを 火で焼き落とす という

「麦焼き」という手法は 辺鄙な山畠ゆえの工夫

発案者も 時代も 永い歴史の朧闇の中

穂のみを 運び下して

棒で打ち 唐箕で 風撰して

飴色の麦果を 収穫する

焼かれた麦は香ばしい だが 翌年の「種」」としては

機能しない

 

まぁ 

あとは 「鷹婆」に 任せよう

灯火の下で ゴロゴロと石臼を回し 粉に引き

米粉と混ぜて 団子にして

お月さんに供え

願い事ひとつ

「鷹婆」は お月さんと一緒に 西へ

「弥生時代」へと遡る 「ご先祖さま詣」の旅を

密かに 企んでいる

  

鈴懸童子/2024/像高300粍/科/油彩着色

 

「彩耳」は 子狐に憑かれたか

東の方角 未来とおぼしき方へと

鈴売りの旅に

出かけた

ちりる ちりちり

ちり ちるり

ちり り

ちる

 

 

いづれ どこかで

「彩耳」と「鷹婆」は 

また 鉢合わせする

だろな

きっと