マンドゴラと親離れ子離れ | 日々のアレ

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ライターをしています。浮かんでは消える日々の“泡泡”をたまにメモします。

8歳の娘とその友達を連れて、土筆を取りに行った。


土筆は10m四方くらいのゾーンに群生して生えているのですが、前日の保育園児が遊んでいたから「とられちゃってるんじゃない」と言っておいたのですが。


案の定、「まだ小さいから抜かないでおこう」と育てていたつくしさん、根こそぎなくなっていて「はたけがあらされたー」と泣いていた。


うちの畑じゃないからっ。


娘、諦めて、ハマダイコンを抜いていた。

顔を描いたら、抜くと「ぎゃーーーー」っていって死ぬマンドゴラみたいになった。



子供の頃はおばあちゃんと土筆を取りに行くのが大好きだったけど、いつの間にか行かなくなったなぁ。

うちの子も来年は3年生、ギャングエイジと呼ばれる年頃に差し掛かってしまう。

家族よりお友達を優先しだす、家族に反抗を始める、親や祖父母と歩いているところをあまりお友達に見られたくない。

自分もやってきたことがそのまま返ってくるだけなんだけど、やっぱり、切ないものですね。

Eテレでよく歌われている『パフ』って、子離れの歌なんじゃないか? ってくらい、子離れが怖いです。

「パフ魔法の竜が暮らしてた海に秋の霧 たなびくホナリー
リトルジャッキーペーパー友達で仲良くいつでも ふざけていた」

「年をとらない竜とは違いジャッキーはいつしか大人になり とうとうある日 遊びに来ない さみしいパフは 涙を流す」

という歌で、子供と龍が仲良く遊んでいるのですが、いつしか子供はおとなになって来なくなり、悲しいパフは涙を流して祠に帰るんです。

涙を流すシーンで、ティーンエイジャーになったリトルジャッキーペッパーが同級生とキャッキャとしている「陽キャっぽいイラスト」が挿入されるので余計つらい。

年はとるんですけどね。かあちゃんは、龍とは違い。

それでも、パフはおじいちゃんおばあちゃんとかおとうさんおかあさんの比喩なんじゃ?

て深読みしちゃいます。

とはいえ、成長は喜ばしいこと。

娘が46歳(今の私の年)とかになっても子ども部屋から「マ・マー」って言ってるホラー展開を望んでいるわけではないはず……。

なんの記事で呼んだうろ覚えですが、確か宇多田ヒカルさんが、

「人との別れで痛みを感じるのではなく、痛みは常にそこにあり、その人が痛み止めの役割を果たしていたんじゃないか」

みたいなことをおっしゃっていた気がするのですが…。

一般的な母性を持つ母親が、子供や赤ちゃんから得る「オキシトシン」(セロトニンの分泌を促す)みたいなホルモンはまさに痛み止めとか安定剤なので、親離れ、失恋の非ではない怖さがある。

だから最近、一足先に出産して中高生のママになっている同級生が犬とか猫を飼い始めたのかな?

猫、ほしい。



※うちのマンションの変な植物図鑑。


マントゴラは顔を書いていますが、下記のザクロの花弁は無修正です。