今日、某企画が最終日を迎えた。
思えばここまで、道のりは長く、
自身に多大な影響を与えたことは確かだ。
ハプニングだらけで自分を見失うことだらけだったけど
その都度凹むことばかりだったけど、残念でもあった。
がここまで頑張れたことは
一誇りと言ってあげれることなのかもしれない。
数日だけお世話になった皆さん
仲良くて大変いい日々でした。
若い子の機敏さにドキドキと可愛さを感じる私は
若くして?もう年なのかもしれない。

それだけで良い思い出だったよ。
すごくありがとう。




出会いの裏側に
別れ
がある

別れという言葉は
凄く神秘的な働きをする

今まで自然だった関係

人との別れはお互いの
関係をより深長にさせ
実感することでわかり得たりもする

またその代償は多大である

通り道での小さな雑貨屋さん
オムライスのおいしいお店
よく行くその近くのスタバ
笑顔の素敵な花屋さん
夕暮れに点灯しだす見慣れた街頭
使っていた私鉄
生活習慣全て

一つのリズムが膨大な別れを呼ぶのだ

大きすぎる

一生の別れではないけれど
毎日顔を合わせることが
なくなってしまったりすると
振り返れば
思い出が溢れんばかりに
黄泉がえって
終わること無く
このままずっと続くことができたら
どんなにすてきだろうと

ふと途切れてしまうと
仕方のないことだけど
凄く寂しい

毎日起きてることなのに
別れがなければ出会いもないのにね

対極することばは常に
隣り合わせ

もうすぐ一つの大きな別れがある
再び笑顔で出会えるように
またその時まで











朝目覚めて夜眠りにつく
次の日も、おそらくその次の日も
たまに徹夜があって
たまに休んで
また活動と睡眠を繰り返す
生と死の狭間に起こる
壮絶な出来事と些細なエピソード
人一人一人に与えられた限りある時間
人生を括る終止符は死によって全うするのだ
時間と有効に使うということは
生きるを考えることと直属しているのだろう
前向きでいること、下を向いていること、
前を向きたくてもなかなかうまくいかないこと
下を向いていても後押しされてうまくいくこと
確かに全てが皆平等にはつくられてない
自分の居場所をそれぞれが見つけていくこと
そして自分なりの生きる上での価値を
見つけていくことがきっと全てなのだろう

それでもやはりまだまだ
私は無知である





海峡荒波に襲われようとも
内に空回りした辛さであろうとも
たとえ必死に抜け出そうともがき苦しみ
学び、悟り、努力し、気力を持ち、
乗り越えようとも、
次から次へと襲って来る条件反射に割腹され
網羅のごとく呑まれる
硬直した人体
身動きがとれない
他者を頼ろうとする本能意識が
感情として暴走を拒むことはない
全てに疲れ果て、
行き場を失った体は
途方も無く空虚の脳を彷徨わせる
静けさに耐えられず爆音を浴びせ聞かせる
目の前がすべて中の空の彼方へと
まるで頭の螺子が外れたかのように
蛇口さえ閉めかねる知意識レベル
複雑な思考回路は、他機能を阻害する
次の行き場を求めて
次の行き場は安心か
次の行き場は平気か
次の行き場は丈夫か

次の行き場は..









今日の夢はヒドかった。

悪夢だ。
夢の中では二人とも弁解しないからたちが悪い。
気持ち悪くて吐きそうなのと、
午前中訪れる点検訪問を予期してか
自然起床した。

管理会社のオジさん達が揃いもそろって
4人も入ってきた。
潔癖気味な自分としては、
あの圧力には満員電車たるものだ。

エアコンの調子が悪く、
見てもらう予定だったが、唐突に“次回の巡回で。

次回って..
私の暇な日中は当分きませんからー

そうして再来週まで
暖房ギリされたのでした。
アリエナイ



>先週のshynola閲覧について記録

やはり大スクリーンで
あれだけ複雑な動きが飛び交うと迫力も増す。

彼らの魅力の源点は
コツコツ積み上げる努力
そしてなんといえども
高技術でのデジタルの見せ方と
アナログ世界の融合。
一見不一致な組み合わせを
絶妙なタイミングで魅せる。

ここが難しい。
ただ合わせても
そこまで感動を呼ぶことは難しい。
センスの問題。

なんというかピカソが喩えで
誰かの落書きを観て
インスパイアされること無くても
彼の魅力を直感で指示する人々が多いように

だけど自分は相当下手な絵が
相当好みだったりもする。

下手であればあるほど
個性が光り、味であったり
笑みをもたらしたり
観ていて凄く飽きなかったりする。

全てが完璧すぎると
どこかで隙間を探してしまうような、

これってなんとなく
世の中に似ている気がする。

ぎすぎすしすぎて息詰りを感じたり
そんな時
無駄で下手な手段に出てしまうように

かといって懸命さを欠くことはよくないわけで。
難しいのはその割合で..

でも不思議なことに
私たちはある程度うまく使い分けているのだ。

はなしが止まらなくなるけど

とにかく彼らの姿勢は
世の統べと直結しているようで
共感した私がいたのだ。

私は落書きのほう一方を選びつつある。
とても危険なことだ。

学ばなければ。
割合が凄く大事なのだ。






















私は、他人以上に他人を信頼していない。
少なくともついさっきまでそう思っていた。


友達が私のために何時間もかけて
たった1時間という限りある時間の中来てくれた。
一人暮らしを一時終え、明日実家へ帰るそうだ。
なのに、一生懸命に、
精一杯私の近況にエールを唱えてくれた。

なぜだ、なぜなのだ。もどうしようもない。
警報注意報。顔中洪水。

私はどうやら人という存在に
愛されたりもするらしい。

どうしようもない私を
全て受け入れてもらえるらしい。


愛とは無償
偽造だけじゃない
形だけじゃない
全てはfeeling
passion
emotion


女の友情が男に比較できない
なんて言えたものじゃない

ナンテ尊大で偉大なのだ
本当にそうだ


私は一人じゃない


今頃?

ものすごく低レベルだけど
本気で考え深いことでした。







現代物理学の世界はまるでSFのようだ

空間が歪み、時間も絶対ではなく、
モノもモノとして捉えることが危うい世界

事実は、時の中で人間が造り上げたもの全てが
複雑なロジックと数式で成り立っている

私たちは当たり前すぎて、
だけど大半はその当たり前の生活を選び、
自然に受け入れる

そして、私という存在もまた、
当たり前のようにその中で認知される

存在してもしなくても
当たり前のように認知される社会

ただ、自分を生きることで
存在価値を知ることができる



自分が自分を見失う時、
それは極度の孤独感によるもだ

往く当ても無いどうしようもない考えと
孤独感が行き場を失わせる
現実と妄想が幾度となく付き纏う



今日帰宅すると、ポストに手紙が届いていた
中学/高校と幼なじみの友人からだった

手紙には、
こう書かれていた

あなたの子供のような
純粋な気持ちをいつまでも大切に


そうじゃない
そうじゃないよ..

涙が出た
私は大人にして大人に成りきれずにいる
子供のピエロなんだ
ただ、
その手紙は
孤独を忘れさせた

今日も一緒に笑ってくれた人たちの存在
気持ちを癒してくれる音楽
そして日記という
自分を見つめ直し、
学ばせてくれる場所
どんな数式や計算にも
太刀打できない
温もりという名の事実


少なからずそれら全てが
信じられた気がした














鬱がはじまった
どうしようもない
どうしてこれほどまでに
情緒不安定なのか
もしもこの世の支配者がいるのなら
私に教えてください














今朝、霧のかかった森の中で目が覚めた。

青年と目が合う。
不器用な
会話の無い会話を目線で交わす。
何かを感じ取り、
瞳の奥で自然と通じ合う。
時折交わす言葉にお互いが優しさを覗かせる。

もう会うことは無いだろうと悟ったとき、
行き場ない心は
瞼の下に滴り落ちる。

霧が青年を覆い隠そうとしたその時、
再び後ろを振り返り
微笑みをかえす。





まるでさっきまでそこにいたかような
鮮明な夢で今朝目が覚めた。

私の妄想は異常である。
ヘッドフォンから飛び出すあらゆる音が
幾何学的な模様共に動き回り、
イメージを変動させてゆく。
隣でつり革に掴まるパンカーが
分離し、前に座る老女と
下半身から徐々に繋ぎ合わさるのだ。
異常だ。

夢と現実には想像と妄想の狭間で、
偶然と必然性を使い分けつつも、
いつの間にか暴走し始める絵
それは過度な自信であったり、過度な喪失で左右され
運命のいたずらと過信してしまうのである。

自己ベストは時を待ってくれないから
凄く難しい。


私の中のイメージはきっと現状の旬を告げているのだと思う。

だから妄想上等。
すべて記憶して記録することにしようと思った。

21日はshynola。
待ち遠しい~





今日は朝から調子がわるかった。
顔がむくんでるし、首が痛い。
毎日鏡を見るけど一度として同じ顔の日はない。
ほんと不思議だ。
体調管理大事だな。


ある子が、ミスをした。
といっても具体的にはその子のせいでないミスで、
その業務をまかされた身であるから、
自分のミスとして上司に告げた。

当然上司はミスに至った理由を知らないわけで
その子の責任であることだけ知ったのだ。
その子が防ぎようのないどうしようもないミス。
しかし、言い訳もせずただ素直に謝罪した。
不利なはずなのに責任逃れしなかった。
ちゃんと話せば自分に非がないことを証明できるのにだ。
なんてかっこいいのだろう。

話したところで可も無く不可も無く
その子はきっと悟っているのだろう。

人は人に嫌われることや侮辱や不能とされることを
極度にいやがるものだ。
しかし、自我というものは
これに勝る思考も持ち得ている。

人にどう思われようと堂々と
自分で居続けること、
人一倍努力して、
なんて強い心だろう。

けど強い人にも弱さだってきっとあるはず。
だから強い人がどうしようもなく切なく思える。
強い人をすばらしいと追い立てていることで
弱さをだせる場所を狭めてしまうのだから。

それでも強い心の持ち主になりたい。



だめだー水分とり過ぎ...
むくみ厳禁。