急に霧が晴れて、思考がすっきりした。

 昨日の悪夢のような出来事は、あれはきっと氷の女神様の思し召しだ。

 氷の女神様は、羽生結弦をあまりにも愛するが故に、彼の身の安全を補填するために、わざとあの穴を用意したのだ。

 あのSPは通常なら絶対110点以上稼げるプログラムであり、普通にそれを取ってしまったら、確実にネイサンとトップ争いとなる。

 彼の勝気な性格であれば、4Aを賭けたFSできっと優勝を意識する。

 何故なら、彼は生来の勝負師だから。

 然し、4Aというジャンプは油断をすれば死にもつながる危険なジャンプ、氷の女神さまは愛する羽生を危険な目に会わせない為に、敢えて優勝というプレッシャーから解放された。

 全日本後の荒川さんのインタビューに対し、「2連覇が消えてしまうかもしれない」と答える映像があったが、荒川さんは「過去の栄光は決して消えることはありませんから」と羽生をたしなめていた。

 たとえ3連覇は逃したとしても、過去の偉大な業績は決して消えることはない。

 すべての邪念を削ぎ去り、そのことだけに神経を研ぎ澄まさなければ跳べないもろ刃の剣、それが4A。

 優勝を生贄として捧げたからこそ、最後に氷の女神さまの寵愛を一身に受けるのだ。

 そんな考えが、私の中を駆け巡った。