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CINEMA道楽

映画を見続けて40余年。
たくさん見過ぎて
忘れてしまうので、
映画館やテレビで観た
映画の鑑賞日記を
つけることにしました。
ネタバレもありますので、
未見の人は気をつけてね

 1925年に書かれたイギリスの小説「ダロウェイ夫人」。
 この小説を執筆中の作者バージニア・ウルフ、その小説を愛読しながら自分の人生を思い詰める1950年のアメリカの専業主婦ローラ、2001年のニューヨークでエイズに犯されているローラの息子と彼を愛する女性。
 異なる時間と場所での1日が並行して描かれて行く作品です。

 「ダロウェイ夫人」の中の一節が台詞にもたくさん取り入れられているようで、「ダロウェイ夫人」を読んでいれば、もっと深く観ることができたと思います。
 でも、読んでいなくても伝わってくるものはたくさんありました。
 脚本の完成度の高さと俳優陣の名演で、3つの舞台を行き来する難しい構成にもかかわらず、ひとうの作品としてきっちりまとまっていました。

 「私はこう生きるべき」「私はこう生きたい」「実際の私はこう生きている」
 この3つが一致している人はまずいないと思います。
 でも、一度切りの人生なので、どれかを選んで生きて行くしかありません。
 母としての顔、妻や恋人としての顔、仕事の時の顔。たいていの人はそれぞれをうまく使い分けて無難に人生を乗り切って行くのでしょうが、そこに矛盾や息苦しさを感じてしまうと、自分の人生が生きにくくなってしまうのでしょう。
 そこに折り合いを付けて生きられない人が、心を病んだり、自死してしまうのかもしれません。

 「生を際立たせるために死を描く」というバージニア・ウルフの言葉が沁みました。
 そう言ったバージニア自身は自死の道を選びます。
 「僕はキミを喜ぶから生きてたんだ」と言ったリチャードもまた、自死します。
 ふたりの死によって際立たせられた周りの者の「生」は、重い荷物を背負いながらも、前へ進んで行くしかないのです。
 開発能力と先見性は天才的、でも人としては孤独でイヤなヤツ、という風にジョブズが描かれている作品です。
 私は特にアップル信者でもジョブズ信者でもありませんが、アップルの製品は夢があってワクワクするモノだと思っています。
 でも、この作品は"起業家"ジョブズの人間関係に重きを置き過ぎて、世にセンセーショナルな製品を送り出した"開発者"ジョブズとしての一面は描き切れていないように思いました。
 家のガレージで起業して、元祖アップルコンピュータのマザボを仲間と作っているシーンだけは楽しそうでワクワクしましたが、他は残念でした。
 この映画では、ジョブズがアップルを起業してから、一度会社を追われ、再度復帰するまでが描かれていますが、起業当初の仲間に対するジョブズの態度を見ていると、会社を追われるシーンを見ても同情する気にもなれないようなストーリー展開でした。

 あのスティーブ・ジョブズの伝記として後世に残すにはあまりにもお粗末な作品です。
 ずっと先で良いので、誰かがもう一度ちゃんと撮り直さないといけないですよね、これは。
 抗うつ剤の副作用で夢遊病になった女性が、眠っている最中に夫を刺殺してしまい、薬を処方した精神科医も社会的に制裁を受けます。
 新薬開発競争の犠牲になるうつ病患者の問題、製薬会社と医師の癒着問題などを批判する作品なのかな、と思って見ていると、ストーリーは後半から別の展開へ。
 顛末に納得できない精神科医が、事件の真相を調べはじめます。

 詐病して罪を逃れようとする犯罪者の映画は何本か観たことがありますが、この作品は先入観無しに観たので、すっかり騙されました。
 
 ムダなシーンやカットは無いのに、うつ病患者の心の起伏(後で全部演技だったことがわかるのですが)も伝わってきました。
 種明かしとなる回想シーンもフラッシュバックでテンポよくまとめられていて、2時間ドラマ風サスペンスとしては秀作だと思います。
 老人の姿で生まれ、だんだん若返って赤ちゃんになって死ぬ人生という設定を聞くと、芥川龍之介の晩年の短編「河童」を思い出します。
 芥川の「河童」に登場する、老人の姿で生まれる河童は、見た目だけでなく頭の中も大人の知性を持って生まれて来ます。母親の胎内にいる時に、父親から「今の世の中はどんな状態か」をレクチャーされ、自分の意志で生まれたいかどうかを選択できる立場でした。
 「人は生まれる時代や、場所や、親を選ぶことができない」という事実を皮肉ったお話しでした。

 一方、この映画の主人公ベンジャミンも80歳の姿で生まれてきますが、芥川の「河童」と違って、老人なのは見た目だけで、頭の中や気持ちは「年相応」です。
 若い時に「老人」を経験したベンジャミンは、たくさんの人たちとの「お別れ」を繰り返しながら心を成長させ、身体を若返らせて行きます。
 見た目は老人だった幼い頃に恋した相手と実年齢と見た目が一番近かった時期に結ばれ、「見た目も中身も、どこにでもいる普通の同世代夫婦」だった時期が彼にとっていちばん幸せな時期でした。
 「数奇な人生」というタイトルがついていますが、「老いた姿で生まれ、赤ん坊の姿で死ぬ」という点を除けば、彼は「普通に」生きた平凡な男です。
 10歳頃に初恋をし、20歳頃に仕事に就いて酒や女性を覚え、親元から独立し、仕事先で出会った人妻と短い恋愛をし、戦争を体験し、戻って初恋の女性と結婚して子供を儲ける。そして、世界を放浪したあと認知症になって何もかもわからなくなって死んでいく・・・
 ビジュアルがなければ、よくある男の平凡な人生です。
 それが、実年齢と乖離した外見を持ったことで「数奇な人生」になってしまったわけです。

 「人格が良ければ見た目は関係ない」と言う人たちは多いし、私もそう思っていますが、やはり人格とかけ離れた外見は、その人の本質を見誤らせてしまうののかもしれない、と感じました。
 新藤兼人監督の遺作。98歳の時にご自身の体験をもとに撮影した作品だそうです。
 戦後70年が経ち、戦争体験を持った日本人はもうほとんどいません。戦争体験のある日本人映画監督が撮った最後の映画かもしれません。

 「クジ」というキーワードを通して描かれる戦争の不条理。
 赴任先を決めるクジ運の良さで戦争から生還した男と、クジ運の悪さで夫が戦死し、再婚した夫の弟も戦死し、その両親にも相次いで先立たれてしまった女。運良く生還した男にも、家に戻ると妻と実父が駆け落ちして逃げていた、という悪夢が待ち受けていました。
 戦争にもてあそばれ、身寄りを失い、茫然自失の暮らしをせざるを得なかった人は戦後の日本にはたくさんいたのだと思います。
 その代表格のような男女が"一枚のハガキ"によって結び付けられ、再生の象徴のようにたわわに実った麦畑の映像で映画は終わります。

 ストーリーもおもしろいし、日本の映画界を代表する俳優さんたちが一堂に揃ったとても贅沢な映画です。
 でも、98歳の老人が撮った映画はやはり説教臭く、不自然なほどに泣きわめき、絶叫するシーンが頻発していて、ちょっと馴染めませんでした。