離婚に向けて経済的な基盤を作ろうと思っていた矢先の出来事だった。

 

 

その日出社すると、困惑した表情の上司に呼び止められた。

 

みつばちさん、おはよう

 

おはようございます。

昨日はお休みをありがとうございました。

…どうなさったんですか?

何か顔色が悪いような…?

 

いや、ちょっと…。

みつばちさん、今日は仕事忙しい?

 

昨日お休みを頂いたので、午前中はその対応を優先したいのですが、何かお急ぎの案件ですか?

 

いや、そうしたら…午後、飯行こう。

 

あ、はい!じゃあ頑張って早く仕事を仕上げちゃいますね!

 

 

私はこの時契約社員で正社員登用試験を受けていた。

 

役員面接まで進んでおり、社内では正社員確実と噂されていた。

もしかしたら上司が個別に食事に誘ってくれたのは、この結果のことかもしれない。

 

離婚への弾みになる!受かっているといいな!

あぁ、でも上司の歯切れが悪かった…。

もし不合格でも次年度もチャンスがある。

何かアドバイスをもらえるといいなぁ。

 

浮足立つ気持ちと不安とを行ったり来たりしながら、

集中して仕事を終わらせ、上司との待ち合わせの店に向かった。

 

 

職場から少し離れた個室の店に着くと、上司はすでに到着していた。

おごるから何でも好きなものを頼めと言ってくれた。

 

だが、この時期も相変わらず食事がのどを通らず、

1日にお粥をお茶碗半分飲み込むのが精一杯だった。

夫の悪事の発覚から1ヶ月で10キロ痩せていた。

 

せっかくの好意を無下にするのもと思い、

何か当たり障りのないものを頼んだ気がする。

ただ、この後のことが衝撃的過ぎて何を頼んだのか、

私はそれを口にしたのか記憶にない。

 

 

みつばちさん、昨日は娘さんの卒業式だったんだっけ?

 

はい、そうです。上の娘の卒業式でした。

 

下の子は?

 

中学2年生です。

 

そろそろ子育てもひと段落だねぇ。

 

はい、大きくなると部活とか、自分の世界が出来るので遊んでもらえなくて寂しいです(笑)

 

そうだねぇ…。

 

ながーい長い沈黙が続く。

言いにくそうな上司を前に「正社員試験、落ちたんだな」と思った。

気を使わせては申し訳ないと思い、気にしていない風を装った。

 

どうしたんですか?

部長、らしくないです(笑)

私大丈夫ですから、言ってください。

 

あぁ、ごめんね。気を使わせてしまったね。

とても言いにくいんだけど…今月末で契約を切らせてほしい。

 

 

 

何を言われているのか理解が出来なかった。

 

正社員登用試験の結果が不合格以前の問題だ。

契約を切らせてほしいって…解雇?なんで??

そんなに大きな失敗をしただろうか?

心当たりが一つもない。

 

ど‥‥どうして・・・ですか・・・?

ご、ごめんなさい。理解が追い付かなくて…。

 

申し訳ない。

僕が言えるのはここまでなんだ。

明日、出社したら人事と話をしてもらうことになる。

 

あの、…もう少し詳しく…。

正社員登用試験は不合格、契約社員としての更新はない。

要するに…クビってことですか…?

 

申し訳ない…。

 

 

ど‥‥どうして・・・(泣)

 

今までどんなに苦しいことがあっても会社で泣いたことはなかった。

 

何か大きなミスでもしてしまったんでしょうか?

 

そんなことないよ、君にはよくやってもらっていて、みんな期待していたんだ。

 

それなら…なぜ?!

 

 

上司は天井を見上げて大きく息をついた。

 

みつばちさん、ここからは僕の独り言だ。

 

…今はマズイ、今はマズイよ。

 

何か大きな悩みがあるのかい?体調が悪いのかい?

この1ヶ月でものすごく痩せただろう?

 

会社としてメンタル系の病気を患う社員は大きな負担になっている。

役員面接のときに、応募時との人相の違いが話題になったそうだ。

正社員雇用しても、すぐに休職するんじゃないかと判断されたらしい。

 

勤めている会社は母体が外資系で、自己管理については厳しかった。

体調管理が出来ていないと判断されるのは致し方ない。

 

短期間に痩せたのは認めます。でも…!病気とかじゃないです。

メンタル系の病院への通院履歴もありません。

契約社員の更新もしていただけない理由はなぜですか?

 

5年以上契約社員を雇用すると、無期転換しなきゃいけない制度があるのは知っている?

 

あっ…!…そういうことですか…。

 

1つの会社で5年働くと無期雇用に転換してもらえる制度が施行され、新聞でも雇止めが話題になっていた。

 

無期転換されないように先手(雇止め)を打たれたのだろう。

 

 

呆然自失の私に、上司が言った。

 

みつばちさん、今日はその状態だと仕事にならないだろう。

みんなにはうまく言っておくから、今日は帰りなさい。

明日は人事と面談だから…、

今日はちゃんと食べて脳に栄養をつけるんだよ。

可能なら録音して戦いなさい

 

えっ…?!

 

よく見ると上司の目は真っ赤だった。

上司も自らの意思でこんな話をしている訳じゃない。

リストラなんて、引導渡す側だってツライよね…。

 

職場の人に見られないように職場から離れた個室のお店だったんだな。

奥さんに財布握られて厳しいなんてこぼしてる上司が、

少し高級な店なのに何でもおごるなんておかしいと思ったんだよなぁ。

 

上司にとって最大限の配慮だったんだと思うと憎めなかった。

上司に恨み節を言ってもしょうがない。

戦う相手を間違えたら、どんな戦いでも勝機はない。

明日、人事と戦おう。

 

お言葉に甘えて今日は帰ります。

頑張ります。

ご配慮ありがとうございました。

 

おう、気を付けて!

 

上司の声が鼻声だったのは気づかないふりをした。

 

一難去ってまた一難。。

これからどうしよう…。

 

 

 

身バレ防止のためフェイクを入れてます。

多少つじつまの合わない点がありますが、ご容赦ください。