最近多いのが、書こうとしてやめること。
(例  ブログ記事、FB、Twitter等々)

いろんな理由をつけて、書かない、書こうとしない、終わりまで書き続けない。


これはまさに、わたしの人生の中のパターンそのもの。






ほら、また全然違うことをしておりましたよ。

目標や目的に集中せずに、注意散漫でいることで、それが達成されないことを正当化したいのでしょうか。

達成したくないというのが、プライマリーなのでしょうか。

いや、また違うものかもしれません。
なんにせよ、これは今処理しておかなければならないテーマです。


思い返せば、なんにつけてもこのパターンが多いのです。

ご飯粒を自分から死角になっているところだけにちょこんと残して食べ終わろうとしていたり、(もちろん気付いてきれいに食べてしまいますが)

手紙を書こうと意気揚々と準備をして、いざ書く段になって、そもそも相手は手紙なんかもらっても嬉しくないんじゃなかろうかとかなんとか思考がはたらきやめてしまったり、、



なにせ自分が一度決めたことをやらないでおくと、あーやらなかったと意識がぺったりはりついてしまいますし、やらなかった自分に落ち込みます。



こういうことが毎回重なっていくとどうなるか。。


想像がつきますよね。


ということで、今回はブログ記事を書ききった自分を誉めてあげようと思います。

よし、よくやったぞ。



小さなことでも、自分ができたことに対してお祝いしてあげましょう!

これ、何気に大事です。
ワークショップにゆくため、奈良に向かってます(*´∀`)♪

会ってみたいなぁと思ってたkan.さんのワークショップ。

正直、どんなことするのか知りませんが、今からワクワク(*^^*)

楽しんできまーす!
夜長。

長すぎてもう朝。

もう5時。


外は静かに雨。

あと2時間したら朝。


そんな今。



久しく思い出しもしなかった声が、光景が、一瞬生々しい感覚をともなって浮上。

不浄。

あたしはどこかに欠陥があるのだろうかとぼんやりと逃げる。

だってあたしには責任がない。

アレはあたしが悪いんじゃない。


けれど、気づいているあたしは言う。

それはひとつの側面にすぎないと。



雨は一転激しく地面をうつ。

自分の正当性を、潔白を、悲劇を押し通すように。

相手を、周りの人間を、世界を激しく責め立てる。



気づいているあたしは黙す。

ただそれを見ている。

あたしにはそれがどんな感情をともなうモノなのかわからない。


雨はいつの間にか穏やかに、柔らかく、白んだ空を舞う。


おかえり。


あたしは安堵のため息とともに微笑んだ。