追悼 福原義春さん
(資生堂名誉会長)
yuchanは、いわゆる「麻呂眉」(眉が薄い)なので、合うアイブロウ(眉墨)がなかなかないのだがいまのところ、(旧)インウイ(資生堂の化粧品シリーズ)とエレガンス(デパコス(デパートの化粧品)ちょっとお高い)のアイブロウペンシルを使っている。
インウイは1976年にスタートして一旦廃盤になったが、今年リニューアルされた。
しかし、廃盤になってもアイブロウのレフィルだけは生産を継続していた。yuchanは旧インウイのアイブロウを愛用しており、レフィルを買いに行くたび(それはマキアージュ[資生堂のドラコス〈ドラッグストアコスメ〉]のコーナーの隅っこにひっそりと置いてある)、どーかどーか廃盤にならないように、と拝んでいた。コレがないとyuchanは人様の前に出られないからだ。
エレガンスのアイブロウもいいのだけど、こちらは、「ここぞ!」というとき(そんなときはほぼないのだが)や、「気分をアゲたい⤴」というとき(そんなときもほぼないのだが)に使う。
前置きが長くなったが、1976年にスタートしたインウイは、若い頃お化粧にまったく興味がなかったyuchanを、「おおっ」っと思わせたメイクシリーズなのだ(ただしリニューアルされた現在のデザインは好きではない)。(初代の)アイパレ(アイシャドウパレット)も多色(一般的には同系色のグラデーションが多い)だけどなんともいえない微妙な統一感のある色調だった。
そのときだけはルックブック(商品のカタログみたいなもの、 メイク画像アリ )をもらってきたのを覚えている。
本体パッケージはボルドー(臙脂色)と赤を混ぜたような色で統一してあり、ロゴは金色をくすませたような色。
福原さんも初代インウイの開発に携わっていて、 OBの人の証言によるとパッケージの“赤”の色がなかなか福原さんからOKがでなくてたいへんだった、という話を何かで読んだことがある。福原さんが納得した“赤”は、時間が経てば経つほど 深みがでる“赤”だ。
(中 )(右)レフィル+ストック分
要するに何が言いたいかというと、福原さんは普遍的な美意識をもっている、ということ。そして美意識というのはあらゆるジャンルのものから得られる。福原さんは環境的にも美しさのなかにいた。係累に写真家の福原路草がいる。小さいころから写真が好きだったらしい。東京都写真美術館の館長をしていた時期もある。
今はすたれているかもしれないが、企業が文化・芸術を支援するメセナ活動の基盤をつくったのは福原さんともいわれている。それから資生堂の海外進出、事業拡大を成功させた。
イイオトコ、いっぱい
福原さんのことを書いてます
https://ameblo.jp/yuchan1720-2020/entry-12665523782.html
資生堂といえば、「花椿」を抜きには語れない❗「花椿」といえば仲條正義さん(グラフィックデザイナー)抜きには語れない❗❗
https://ameblo.jp/yuchan1720-2020/entry-12713894350.html
今回、鎮魂歌・レクイエムとして選んだ曲は、高橋悠治さんの「フーガト短調BWV578」
通称《小フーガ》
『Yuji plays Bach』より
「Yuji plays Bach」は、昔、“サザエさん症候群”になったときに、よく聴いていた。
日曜日の夜、「あー、明日仕事行きたくねー」(←キタナイことばでスミマセン💦)というときに高橋悠治の小フーガを聴く。
するとかぎりなく黒に近い青の色の空間に、パールのネックレスがちぎれ、小粒のパールが次々に外れてゆく、ひとつ、またひとつ。イミテーションじゃなくてほんもののパール(真珠)。音の粒と重なるような。
ほんものの一音は、ほんもののパールの一粒と同じなのだ
高橋悠治の〈小フーガ〉はそんなかんじの音楽だった(あくまでもyuchanのイメージ)↑
福原義春さん 1931年生まれ(故人)
仲條正義さん 1933年生まれ(故人)
高橋悠治さん 1938年生まれ
実業家、グラフィックデザイナー、音楽家とそれぞれ業種は違うけど、 同世代なので日曜日の朝にあった(今もある?)TV番組「ボクらの時代」 に出たらすごくいい話が聞けそうな気がする。
実際、福原さんと仲條さんは資生堂でいっしょに仕事してたけど、仲條さんと高橋さんはジャンルは違えど作り出すものがめっちゃくちゃかっこいいので、お互い話したらすごいアイデアがたくさんでてきそうな気がする。
⬇資生堂のロゴは仲條正義さん
福原義春さんは経済界でもひじょうに教養ある経営者といわれていて、本にかんする本もたくさん出している。その選出のジャンルは多岐にわたっている。
追悼 山田太一さん
山田太一さんについては説明不要だと思う。
私は山田太一さんの本もドラマもすごいfanというわけではなかったが、昭和のドラマといえばやはり山田太一さん抜きではあり得ない。
抜き書きノートのスクラップから
⬆は、たぶん昔マガジンハウスからでていた「鳩よ!」という雑誌から、ページを切り取ったものだと思う。
平坦なことばで書かれているのだけど、さすが脚本家なのでムダなく、かんたんなようでも、最大限のことを伝えている。
差し障りがありますが、ひじょうに興味深いことを書いていらっしゃるので、全文載せます。
写りが悪いのですが、ぜひお読みください。
⬆実家で見つけました。たぶん母が講演会かなにかに行ったときもらってきたサインだと思います(実家には山田太一さんの本はないし、TV番組もそれほど好きというわけではなかった。色紙ではなくてノートの切れ端というのが…オハズカシイ
山田太一さん、ありがとうございました❗)
鎮魂歌・レクイエムとして選んだ曲は、
フランソワーズ・アルディ
「もう森へなんか行かない」
1979年のTVドラマ「沿線地図」の主題歌
山田太一 原作・脚本
yuchanが12歳の頃の番組だけど覚えていない
「もう森へなんか行かない」も過去ログで何度か載せているけど、とても好きな歌です♩
(。・∀・。)ノ🍂🍂🍂
いわゆるほんとうの意味での鎮魂歌・レクイエムといわれるものではなく、その人に合うような歌や曲を選んでみました
yuchanの今年のブログは今回で終わりです
これから毎年恒例の冬眠です~💤
もしかしたら途中でまた書くかもですが💦
ブロ友の皆様いつもありがとうございます🎵
通りすがりの方もありがとうございます🎵
楽しいクリスマスと年末年始をお過ごしください🎄🎍
皆様のブログにはお伺いします~
来年もどうぞよろしくお願いいたします
MATA来年NE~
画像お借りしました