ADHDとわたし

ADHDとわたし

突然、自分は発達障害ではないかという疑いが浮上し、衝撃を受けました。混乱の中の日常を綴ります。

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FacebookもLINEも使っているけど敢えてこのブログを書き始めたのは、
周りの人達の目があるから。

いつか公開出来たらいいなぁとは思います。


今日というか1時間前に、同居している妹と大喧嘩をしました

私がいつまで経っても共用スペース(リビング)を片付けないから
というのを筆頭に、こちらのズボラな所を要所要所で突かれ
大人気なくキレてしまった訳です。

といっても妹とは年子なので、向こうもこっちももういい大人な歳なんだけど


23年暮らした実家を出てから、隣の県で2年、都内で5年程一人暮らしをしていた私は、本当に片付けが苦手です
片付け始めるけれど、集中力が続かない。
綺麗な部屋にしたとしても掃除が出来ない。

女としては最悪だと自分でも思いますし、どうにかして汚部屋から脱したいと常々思ってはいます。

今回の大喧嘩の前にもちょこちょこ小言を言われていたので、少しずつ、自分の部屋の私物を片付けてリビングの物を入れるようにはしてました
でも妹にとっては結果になって見えてはいなかったんですね。せめてもの罪滅ぼしじゃないけど、今日は夕飯を作り、後片付けもしたけれどなんの意味もなかったみたいで。

我ながら、言い訳が酷い。泣きそうになる


大喧嘩の末に同居を解消する、片付けは出来ないから一人暮らしに戻りたいと啖呵を切ってしまった私に対し
妹が実家(車で40分)の母に電話を掛け、見兼ねた母が深夜訪問

先月まで実家に暮らし、歳の離れた弟の面倒をよく見ている妹なだけに、母は妹の味方をするんだろうと
自分に原因があるにせよ情けないもんだと思いながら、共用の本棚から自分の本を取り出しダンボールに詰めました

しかしお酒に酔うと手が付けられない程ひどい母ですが
今晩は冷静に、中立な立場で話し合いを取り持ってくれました。

それでも全面的に私が悪いとなりましたが、こうなるとどうにもこうにも、何を言っても、私の言い方は人の揚げ足を取るようにしか聞こえないようです。

昔から、それこそ小学生の頃から言われて来ました。あんたの言い方は酷い、と

そして責められているうち、生きているのが面倒になって行く
今では恥ずべき人生の汚点の一つであるリストカットした手首を、親指の爪で何度も引っ掻いたりと
妹と母の怒号を聞く中でバカな事をしていました。


先程母が帰り、もう一度お互い冷静になって話し合うようにと言われましたが
妹は許す気はないし双方同居は今後無理という考えとなっている

私は一晩眠ってしまうとケロリとしちゃう性格だけど、一度こうなると根に持つ妹なので
きっと明日以降口も聞かないだろうなと



情けないお姉ちゃんだ。





ひとしきり泣いて、炬燵に突っ伏した今、
どうしてこうも片付けが苦手なんだろう、出来ないんだろうと思って、ネットを徘徊したところ

ADHDという言葉に辿り着き衝撃を受けた。

いくつものサイトにあったチェックリストをやってみると、ADHDの疑いあり、お医者さんに診断を仰ぐようにと何度も出る。

これまで色々と悩んだ時にネットを拝見して、妹も私も境界性人格障害では、という考えを持ったことはあったけれど
まさか自分が発達障害を抱えているとは思っていなくて、驚きました。

ADHDは主に3つの症状を伴うものだそうで

まず、『不注意』。
私はおっちょこちょいが酷く、例えば食事に出かけた際に持ち物を席に忘れる事はしょっちゅうだし、会社に持っていくべき書類をそのまま家に置き忘れてしまったり…

また、仕事でもほんの些細なケアレスミスが多く、肝心な所で抜けていると同僚によく笑われます。

待ち合わせは時間ギリギリになってしまう、もしくはいつも遅れてしまう。仕事は遅刻のし過ぎでペナルティを課せられたこともありました。

そして片付けが出来ない、注意力が散漫になる事が要因なのか、ADHDの主な症状にここも挙げられるようです。

それから、『多動性』。
私は友人と出掛ける時ですら沈黙を保てないほどおしゃべりな性格で、特に緊張していたりすると喋らずにいればいい事も喋ってしまう。
小さい頃から落ち着きがなくいつもソワソワしていたし、小学生の時のあだ名なんて、『おしゃべりさん』でした。


最後に、『衝動性』。
重要なことを誰にも相談せず即決してしまう。

車がないとどこにも行けない田舎にある実家では、親に頼まなければどこにも遊びに行けなかった。
小、中学生の時には『土曜日遊びに行きたいから車を出してほしい』と言うと、父は決まって『お前はこちらの都合も考えないで、1人で決めやがって』と返してきた。
自分ではきちんと段取りを付けて頼んだつもりだったため、その度首を傾げていたし、今でもなぜあぁ言われていたかわからない。
もしかしたら、周りの友人に今でもそうい印象を持たれているのかもと考えると怖い。


ちなみに『不注意』の点では、ADHDのお子さんを持つお母さんのブログには、娘さんが学校の宿題で何を課題に出されたのかすら忘れてしまう、とあって
小学生の頃の自分はまさにそうだったことを思い出した。



今日は衝動的に、同居を解消して出て行くと言ってしまい
この家に持ち込んだ洗濯機や冷蔵庫、電子レンジをすべて撤去するなどと、本当に大人気ないことを言ってしまった私だけれど、実は家族が呆れるほどの天邪鬼で
あぁは言ったけれど、少しずつ片付けができれば妹も機嫌を直すだろうと安易に考えていて
明日は妹が出掛ける予定だと言っていたので、その間に片付けを少しやろうと思っていました。

ただ、ADHDかもしれないという事実だけが、本当に憂鬱で、なんだか余計に体が重い。