角川映画の熱狂は
この曲から幕を開けた。


おどろおどろしい内容とは
真逆のような
愛につつまれているかのような
美しいメロディー。


それはきっと
人間の奥底にあるものを
メロディーにしたんじゃないかって
今は感じている。













遠い山なみの光⋯⋯


それは
長崎へ落とされた原爆の光であり

遠い未来への希望の光。



難解な映画である。



しかし
嘘というキーワードで観れば
見えてくるものがある。



原爆がもたらす
人間への悲劇と
それに抗い
希望を胸に生きた女性の物語。



彼女が産んだ女の子(景子)は
被爆した女性の子どもとして
初婚の男性から拒否(離婚)され
渡英先のイギリスでも
拒否(差別)され
みずから命を絶つ。




原爆を落とされた日本の
日本人からも
才能を発揮したイギリスでの
イギリス人からも
疎外された。



主人公の悦子(広瀬すず・吉田羊)の
その喪失感と悲しみが
この嘘を生み出した。



そうしないと
彼女の心がもたないから。



悦子が過去を語るうちに
嘘(記憶)は修正され
やがて
長い時間を経て
ようやく
自殺した景子と向き合えるようになる。




悦子の記憶の中では最初
行くのイギリスではなく
アメリカになっていたのには
日本人からも
イギリス人からも差別されたことへの
皮肉なんだろう。




悦子は
音楽教師をしていた。
その時に被爆し
多くの子どもたちを助けられなかった
深い傷がある。



それが
彼女を
ひょっとしたら
モンスターにしていたのかもしれないと
(当時子どもの首を絞めて殺す事件が多発していた)
映画では示唆するところが
この映画の真の怖さだ。




景子は
自殺なのか
それとも⋯⋯。




原爆が人間を変質させる
すさまじい恐怖を
そっと忍ばせた
そんな映画だと感じた。



きっと
原作者がタイトルに込めたのは
この原爆の
愚かさを
悲しさを
ひとりでも多くの人々が
胸に刻んでいてほしいという
希望の光だったような気がする。