『紫にそまる恋』第二百八十七話 ~夢浮橋(3) | YUKARI /紫がたりのブログ

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夢浮橋3

「姫君は皇族にまつわる御方であったのでしょうか」

「はい。父君は故桐壺帝の八の宮さまでいらっしゃいました」


「左様でございましたか。そのように尊きご身分でありながら小野を彷徨われ、出家され、民草に交じって暮らされているとは哀れでございますな」

「まったく運命は時に残酷な一面を見せるものですが、私は姫が生きてあることが有難く、菩薩さまに感謝の念を申し上げずにはいられません」


そうしてまた涙を浮かべられる君の情け深い姿が僧都にはまた尊く思われるのです。


「僧都殿は困惑されるかもしれませんが、不躾を承知でお願い申し上げます。私は今一度姫君にお会いしたいのです。どうか小野の庵にご案内いただけませぬか」

「それはなんと申し上げればよいか。お連れするにしても私は今日、明日と気軽に動ける身ではございません。月が過ぎて来月ならば手紙でもさしあげられましょうが」


僧都の歯切れの悪い言葉尻に姫の修行の妨げになるまいか、という戸惑いがあるのを見てとった薫は誤解をしていらっしゃる、と穏やかな笑みをこぼしました。


「破戒無慚の罪障を恐れておられるのですね。私は御仏の法に背くような真似は致しません。ただ姫君が何を思うていたのかを知りたいのです。僧都殿のお話によりますと姫は永らえた後も尚世を儚んで出家を切望していたということですね。何がそのようにまで姫を追い詰めたのか私は知りたい。私が彼女を追い詰めたのであるならば一言詫びたいのです。姫の母君にもよくよく事情を把握したうえで晴れて御仏の弟子となったと慰めて差し上げたいのですよ」


邪気のない真摯な姿勢に僧都はまことこの君ならば仰せの通りであろうと得心しますが、揺れやすい女人の心とて眩しい君の御姿を見たならば愛惜の念に苛まれるのではあるまいか、と危惧されるのです。


「その御志はたいへん尊いと思われますが」


消えぬ僧都の迷いを見た薫はこれ以上無理強いするのも未練たらしくて、そのまま山を下りることにしました。


いつの間にか陽は暮れて、麓へ下りる頃には小野を訪れるによい時分であるけれども、草の根元に生きる尼君たちはさぞや驚かれるであろうと未だ素性を明かそうとしない姫には不都合かと憚られるのです。

返り支度を始めた従者たちを感慨深げに僧都が眺めていられると一際賢そうな童が薫君に駆け寄りました。


「右大将さま、もうすぐお車の準備ができまする」

「うむ、ご苦労であるな」


薫君がその子の頭を愛情を持って撫でるのが、やはり情深い君であるよ、と僧都は目を細められる。


「よい御子でありますなぁ」

「この子は小君と申します。どことのう小野の姫君に似ていられるとは思いませぬか」

「おや、それはもしや」

「はい。父君は違いますが弟なのですよ」


「そうでしたか、賢そうな御子です。小君よ、あなたと私はちょっとした縁があるので、いつでも御山に遊びにいらっしゃい」


浮舟を弟子とした縁であると僧都は仄めかしますが、小君には意味がわかりませんのでただ不思議な表情を浮かべると、一礼して牛車の傍らに戻りました。






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