『紫にそまる恋』第二百八十六話 ~夢浮橋(2) | YUKARI /紫がたりのブログ

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夢浮橋2

「先日中宮さまから御身が一年ほど前に若い女人を助けたというお話を伺いました。場所は宇治であったのですね」

「はい、さようでございます」


「そのお話を私に詳しく聞かせていただきたいのですよ」

「はぁ」


さても異なことを聞かれるものだ、と訝しむ僧都ですが、もしや薫君は姫の尼君と関わりのある御方ではないのかと閃きました。


僧都は中宮にお話ししたよりもさらに細かくその折の状況をつぶさに語り始めました。

薫は時には相槌を打ちながら、不審に思うところは質問を交えて、やはり僧都が助けられた女人こそ浮舟に間違いないと確信したのです。


「僧都殿、突然のこととて驚かれたでしょう。その女人はどうやら私の探し人に間違いないようでございますので、御身には隠し立てせずに事情をお話し致します」

「承りましょう」


「ご存知の通り私は尊い皇女であらせられる女二の宮を賜り、他の女人を表に出せる身分ではありません。ですから以前から世話をしていた一人の姫を宇治の山里に隠しておりました。その姫がちょうど一年ほど前に忽然と姿を消してしまったのです。ただ宇治川へ続く廊に姫の単衣が残されてあったので川へ身を投げたのだと皆諦めたのですが、まさか妖の者にかどわかされてこちらで生きていたとは驚きでした」


「観音菩薩さまの慈悲でございましょうな」

「姫の母君は存命しておられます。遺骸の無い弔いをたいへん嘆いておられましたよ。姫は御身が戒を授けたと聞きましたがそれは本当ですか?」

「はい。姫が心底そのように望まれておりましたので、これも観音菩薩さまの思し召しと尼にして差し上げました」


僧都は落ち着いて受け答えをしておられますが、あまりのことに呆然としております。


あの姫君のご様子が普通のご身分でないように感じたのは間違いではなかったのだ。

まさかこのように尊い雲居人の愛された姫だったとは。

私はもしや早まったことをしたのかもしれぬ、と僧都は密かに後悔し始めているのです。


「僧都殿、姫は今どこにおられるのですか」

「はい。私の母尼、妹尼の住まう小野の庵に身を寄せられておられます」


なんとあの浮舟が生きているとは。


可憐な姫君の笑い顔や泣き顔、さまざまな様子が思い起こされて、薫は僧都の前であると堪えつつも涙を禁じ得ないのです。


「どのような形でも生きていてくれたのはありがたいことです。自死は御仏のもっとも禁じる罪、姫が不孝の罪と共にその罪障を負わなくて済みましたのが救いでございます。いや、みっともない姿をお見せして申し訳ない」

「恥ずかしいことではございませぬよ。人を思い遣る心は尊きものです」


それにしても薫君の姫への想いの深さが見て取れて、このような御方を思い切ろうとした姫君の心情を鑑みるに、それこそ辛いことであっただろう、と哀れをもよおす僧都なのでした。









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