少将の尼が予測した通りに中将は帰り路にも草庵を訪れました。
「またいつこちらに来られるかもわかりませんので、挨拶だけでも、と」
などと空々しく言うのも姫への想いがあるからであろう、と尼君には思われる。
いつまでも回りくどく探るのもみっともないと考えた中将はいっそはっきり尋ねようと尼君に向き合いました。
「少将の尼からお聞き及びかもしれませんが、私はあの姫君がどういった御方なのか知りたいのです」
「そう言われましても記憶を無くしていらっしゃるので何処のどなたかもわからぬ有様ですのよ。ただどうしたわけか、人に存在を知られぬように謹んでいられたのに、あなたさまに見つかってしまうとは」
「記憶がないというのに世から隠れているというのは変ではありませんか?」
「きっと記憶を塞ぐほどの悲しいことがあったのでしょう」
「そうであれば慰めて差し上げたい。あなたが娘の代わりに大切にする人ならば私にとってもまんざら縁のない人ではありません」
そう言って懐紙にさらさらと歌をしたためられました。
あだし野の風になびくな女郎花
われ標(しめ)ゆはむ道遠くとも
(女郎花のようなあなた、私以外の浮気な男に靡いてくれるなよ。どれほどの遠い道のりでも私は必ずあなたを我が物としてみせる)
浮舟は中将から贈られた文が心底煩わしくて仕方がありませんでした。
それはもう二度と殿方の情熱には触れまいと決意したがゆえに。
あの匂宮の想いに押し流されるように転落した我が身が再び同じ道を歩むのは到底受け入れられません。
尼君はせめて返事をと浮舟を説得しようとなさる。
「中将さまはたいそうゆかしい御方ですので返事を書かれても心配するようなことにはなりませぬよ。失礼にあたらぬようそれとなく書かれませ」
「見苦しい手蹟をどうして晒せましょうか」
「お返事をなさらないのは無作法と思われますわ」
「なんと言われてもわたくしは一向に構いませんわ」
一度でも返事をしてしまえばきっと次から次へと送られてくるであろうことは目に見えて、情を知らぬ女と思われてもよい、と頑迷な浮舟なのです。
ああ、どうしてそっとしておいてはくれないものか。
浮舟が悲しげに身を伏せるので尼君もそれ以上は何も言えなくなるのです。代わって返事を詠みました。
移し植ゑて思ひみだれぬ女郎花
うき世にそむく草の庵に
(女郎花=姫は物思いが多く、いまだこの草の庵には馴染んでおりません。そんな姫の胸の裡をわかってやってくださいませ)
まだ初めての文であるからすぐに姫からの返事がもらえるとは考えていなかった中将ですので、さもあらむ、と庵を後にしましたが、やはりあの先日の光景がいつまでも蘇って胸を焦がすのでした。



