物の怪を宿した憑坐は暗く落ち窪んだ目で僧都を見据えて言いました。
「この姫をようやく我が物にできると思うたに口惜しい」
「何者か」
「その昔わしも御仏に仕える者であったよ。修行の果てに命を落としたが、未練が多すぎてのう。禁じられれば禁じられるほどに女人への想いも募り、そんなわしを御仏は疎んじたか。気付けばこの世を彷徨う亡者となりぬ。人ではなくなりどれほどの時が経った頃か、山中にて美しい女人が数多住まう邸があったのでそこに居着いたというわけよ。とりわけ美しい女は首尾よく取り殺した。したが殺したところでその魂は我が物とはならぬ。そこでその女に生き写しのこの姫を得ようとした次第」
「むむ、なんともあさましき化生かな」
「僧都よ、その取り澄ましているお前の裡にも欲望はあろう。この眠った姫を欲しいとは思わなんだか。人とはそういう生き物なのだ。人の世は面白い。人の心ほど面白いものは無い。ちょっと囁くだけでたやすく揺れる。穢れの無かった美しい女の魂は嫉妬にまみれて己の深淵を知ったのだ。この姫も昼夜を問わず死にたいと思い詰めたでな、ほんのちょっと囁いた。あともう少しという処で観音菩薩などに邪魔をされ、最期はお前に打ちのめされるとはわしもつくづく運がない。この上は居ぬとしよう」
「待たれよ、せめてこの姫の素性を申せ」
僧都の呼びかけも空しく物の怪はどこぞへ去ってしまいました。
それにしてもあの橋姫たちが物の怪に魅入られていたとは。
やはり薫が悔やんだように宇治という寂しい山里は若い女人の住むところには相応しい場所ではなかったようです。
ほどなくして浮舟は目を醒ましました。
まるで頭の中の靄が晴れたようにすっきりとした気分ではありますが、自分の顔を覗きこむのが見慣れぬ老人たちであるのはどうしたことか。
いまだ記憶もまばらで自分が何者であるのかもわからぬように思うのでした。



